小説 | ナノ


  09


○○が風呂に入っている間、早速筆記帳を広げ現段階で分かっている彼女のことを記した。
裏々々山で会ったこと、崖から飛び降りて死ぬ気だったこと、山賊に追われていたこと、毎日記憶を失くすこと、体育委員とバレーをしたこと、僕は思い出せる限り書き綴った。
墨が乾くのを待っていると寝具に着替えた○○が医務室に戻ってきた。

「やぁ、おかえり」
『た、ただいま』
「今日は一体、何をしたんだい?」
『今日?今日はね、生物委員会のみんなと蛇を探したの。緋色の毒蛇って言われて怖かったけど可愛かったよ』
「楽しかった?」
『うん!』

日付を書き、その下に今言われた内容を書き留める。
蛇を探していたらトカゲも逃げた、とか、毒虫って孫兵君のペットなんだって、とか、○○はそれはとても楽しそうに話した。
○○や忍たまたちが毒虫に刺されなかったか、と僕は始終心配でならなかった。
さらさらと筆記帳に書いている僕は興味深そうに○○に見つめられ、何をしてるの?と彼女が訊いてきた。
日記をつけてるんだよ、書くかい?と答えると○○は首を横に振った。
○○は字の読み書きができなかった。多少の読みはできるようだが書く方は精々自分の名前くらいだ。
別に珍しいことではない。寺子屋に通うか師事する者がいなければ文字の読み書きなどできない。
僕たちの方が珍しいのだ。

「今度、教えてあげるね」
『本当!?嬉しい』

うん、だから一刻も早く手がかりを見つけないと。

ふと○○を見ると彼女は目を擦り睡魔と戦っていた。
毒蛇(おそらくジュンコだろう)捜索であちこち走り回り疲れてしまったのだろう、今にも寝てしまいそうな○○を今は彼女の部屋として使っている奥の部屋に誘導する。

「おやすみ」
『うん、おやすみ…』

すっと襖を閉める。
今日も彼女は白い顔で息もしないで眠るのだろうか。
僕らが毎日特に何も思わず発するその挨拶は、彼女への最期の挨拶であるような気がした。
さようなら、今日を生きた○○。


「――さて」

医務室の鍵を掛けて忍たま長屋へ帰り、六年長屋に向かって矢羽根を飛ばす。
今から第二回六年生会議を行うからだ、場所は僕と留三郎の部屋。
昼間の時点で留三郎を通じて六年生には伝わっているため、おそらく皆は今頃自室の戸を開けて僕たちの部屋に向かっているのだろう。

部屋に戻るとすでに全員が集まっていた。一年生の体格で六人ならまだしも六年生ともなるとこの狭い部屋がより一層狭く感じる。心なしか息苦しい。

「やっと動くのか」
「うん、ちょっと色々あってね」
「どうせお前のことだ、くだらんことを馬鹿みたいに考えていたんだろう?」

返す言葉も無かった。返事の代わりに苦笑すると間抜けな顔だなと笑われた。ひどいなぁ。

「とりあえず裏々々山にいた山賊から攻めよう」
「まだ山にいると思うか?」
「分からない、だけどそう時間は経っていない。おそらく大丈夫だろう」
「じゃぁ、誰が行く?」
「私が行こう!」

小平太が名乗りを上げた。
確かに小平太なら例え山賊が刃向かってきたところでひと捻りしてしまうだろう。
この中で一番野生の勘が働くのも彼だ。
山賊尋問には申し分ない。

「お前、行くのはいいが山賊共の顔覚えてんのか?」
「……細かいことは気にするな!!」

開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
もしも裏々々山の大自然の中で人間を見つけ問い詰めても、それが人違いならまた大変なことが起きる。

「……私も、行こう」

静まり返った部屋の中、長次がぼそりと呟いた。
彼は学園内で一番小平太の扱いに慣れていた。

「長次は覚えているのか!?」

小平太が問いかけるとこくりと頷く。
作戦実行は休日の明日。


◇◇◇


朝早くから裏々々山へ向かった小平太と長次は昼前に帰ってきた。
長次の話によると、○○を追いかけてきた山賊たちはまだ裏々々山を拠点にしていたようで、彼らがすやすや眠っていたところに奇襲をかけたらしい。
二人が帰ってきて早々六年生会議を開いた。

長次と小平太が尋問した結果、山賊と○○は一切の面識がないことが分かった。
山賊たちは、性欲処理のために丁度その場で見かけた○○に目をつけて、追いかけ回していただけのようだ。“だけ”というのはあまり良い言い方では無いのかもしれないが、とりあえず、彼女とそいつらにはそれ以上の関係が無いこと、その行為が未遂で済んだことは確認できた。
報告を聞いたときは、○○の操が無事だったことに安堵したのと同時に山賊たちに憤りも覚えたが、未遂で済んでよかった、本当によかった。

「伊作、安心しているところ悪いがまだこの問題が解決したわけではないぞ」
「あ、うん」
「山賊たちもどうしてアイツがそこにいたのか知らないんだ、そしてどうしてアイツがあんなことを言ったのかも…」
「あんなこと?」
「死にたがっていただろう?」
「あぁ!」

確かに○○が山賊から逃げていたときに、文次郎の制止も聞かずに死に急ごうとしていたのは不思議だった。
ただ山賊に追われているだけだったなら「助けて」と助けを求めるのが一般的だろう。
しかし○○は「死なせて」と言った。助けを求めるのではなく命を絶つことを選んだ、それは山賊とはまた違う要因が絡んでいると考えられる。
おそらくその要因が彼女の記憶を戻す手がかりだろう。

「もーめんどくさいからここら辺一帯の村々回ってしまうのはどうだ?」

小平太が口を開いた。
なんとも彼らしい考え方ではあるが残念ながらあまりにも非効率的すぎる。

「待て小平太。○○が裏々々山周辺の村から来たとも限らないだろう。そもそも裏々山、裏々々山一帯にどれだけの村があると思っているんだ」
「むー、一番それが手っ取り早いと思ったんだがなぁ…」
「その案は最終手段にしよう。もうどうにも糸口が見えなくなったときに」
「そうだな」

小平太が文次郎と仙蔵に説得されている間、長次は何かを思い出したようで口元に手を当てて考えこんでいた。
長次、と声を掛けてみると彼はいつも通りの小さな声を発する。

「…○○は白装束を着ていた」
「うん、そうだね」
「人が白装束を着るのは人生で三度だ、白無垢というやつだな」
「今の○○の年齢から考えられるのは、結婚か?」
「宴の最中に何者かに連れ去られたとか…」
「それこそ『助けて』って言うだろ」
「確かに」

作法委員長の仙蔵によると、人が白装束(白無垢)を着るのはこの世に生を受けたときに着る産着、次に婚姻の際の白無垢、そして最期の経帷子。肌着ということも考えられるが字の読み書きが出来ない彼女の家柄を考慮するとそれは考えにくいらしい。
やはり何らかの不自然な要因があったに違いないと僕たちは結論を出した。先は見えないが。

「とりあえず情報収集をしよう」
「先生方に聞いてみるか?」
「否、先生方を含め私たちは学園という閉ざされた壁の中にいる。いくら町に出られると言えど動ける範囲が狭く、広範囲な情報を得るのは難しい」
「利吉さんなんかがいいんじゃないか?」
「あぁ、そうだな」

僕たちは昨今の情勢を利吉さんから聞くことにした。
利吉さんとは忍術学園と縁がある人物の一人で山田伝蔵先生のご子息だ。
今はフリーの売れっ子忍者として活躍しており、しばしば忍術学園を訪れては父である山田先生に奥さんの小言を伝えたり、洗濯物を受け取りに来たりしている。

僕たちは門番をしている事務員の小松田さんに利吉さんが訪れたら知らせてくれるよう頼んで、会議を終了させた。


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