小説 | ナノ


  08:九尾襲来


「ミコト!」
 
 お母さんと買い物に来ている途中、いきなり名前を呼ばれてお母さんが振り返った。
 声の主は大きなお腹のクシナさんだった。ほんの数ヶ月前のお母さんみたいで少し懐かしい感じもした。
 クシナさんはお母さんの腕に抱かれ眠っているサスケを見る。

「アレ? 女の子だったっけ?」
「ううん。男の子」
「名前は何にしたの?」

 クシナさんが聞く。するとお母さんは私に目配せした。

『サスケ、です!』

 私がそう言うとクシナさんの隣にいた髪の長い気難しそうなおばあさんが「三代目の父上と同じかえ」と言った。お母さんはさも、その三代目様のお父上から肖ったように肯定したが、本当は違うよと心の中で訴えた。でも口に出す必要は無いと思って黙っていた。

『クシナさんの赤ちゃん、名前は決めたんですか?』
「うん! もう決めてあるの……名前はナルト。サスケくんとは同期になるから仲良くなるといいわね。○○ちゃんも弟分として一緒に遊んであげてね」

 私は大きく頷いた。
 お母さんとクシナさんは耳打ちするように話し合う。お母さんの親友はクシナさんなんだなと直感した。
 しばらくしてクシナさんはおばあさんに手を引かれて私たちの前を去っていく。

「クシナ、今日予定日なんだって」

 クシナが母親だったら元気な子が産まれそうね、とお母さんが言う。
 容易に想像できる気がした。

「あぁ、そうだ。今日、母さんと父さんは夕飯食べた後に親戚回りに行くからイタチとサスケとお留守番しててくれる?」
『うん、いいよ』



 ――イタチと、彼の腕に抱かれたサスケは縁側に座っていた。
 昼間に言われた通り、お父さんとお母さんは外出していて私たちは姉弟だけで留守番をしている。代わりばんこでお風呂に入り、次はイタチの番だ。

『イタチー、お風呂上がったよ』
「おかえり」
『サスケと空見てたの?』
「月、見てた」

 言われるまま見上げると、不気味なほど夜空に映える満月で、それこそ月明かりで本が読めそうなくらい眩しかった。
 秋の心地よいそよ風が吹く。

「ん?」

 イタチが何かに気付く。私も同時に違和感を覚えた。
 秋風に乗って運ばれた生臭いにおい。獣のような臭気。

『なんだろう……』

 お風呂上りの濡れた髪を拭きながら私は言った。
 すると、私たちが感じた違和感や一抹の不安を読み取ったのか、寝ていたサスケがぐずり出し、遂には泣き声を上げ始める。

「よしよし、泣くなサスケ……何があっても絶対お兄ちゃんと姉さんが守ってやるからな」

 いつの間にか頼もしくなっていた弟に私は嬉しさとちょっぴりの寂しさを感じた。イタチも兄になったんだと実感した。
 弟の成長にほっこりとしていたのも束の間、突然、外から暴風の音がした。
 中心街の方から悲鳴や断末魔、何かが崩壊する音が聞こえ出す。

『イタチ、サスケとまだここにいて。私は様子を見てくる』
「わかった」

 濡れた髪を一つに結き、縁側を蹴って雨樋に手を掛け、一気に体を上に押し上げる。裸足のまま屋根上を移動していると時々吹き飛ばされそうなくらいの突風が吹く、顔全体に獣の臭いが押し寄せた。

『なにあれ……』

 里の奥で大きな野獣が暴れていた。――狐だ。とても大きな、九尾の狐。
 その狐によって家々はまるでおもちゃのように破壊され、いとも容易く木屑と化しているのがここからでもよく見えた。

(早く逃げなきゃ!)

 私は屋根を降り、庭先に着地する。イタチが緊張を孕ませた険しい目つきで私を見た。

『イタチ! サスケを連れて逃げるよ! 里で大きな狐が暴れてる』
「……母さんはどうする、オレたちがここにいると思って戻ってくるかも」
『そっか……わかった、じゃあ家にいると回りの状況が分からないから外に出よう。その方が幾分安全だよ』

 玄関でサンダルを履き、私たちは家の前の路地でお母さんが来るのを待った。
 悲鳴が、怒号が、地響きが、轟音が耳を劈く。第三次忍界大戦以来の里の緊急事態であることを痛感した。否、大戦が終わったばかりなのに再び悪夢がやって来たのだ。
 幸い、サスケはまだ眠っていて我が弟ながら肝が座っているな……と感心した。

「○○! イタチ!」

 しばらくしてお母さんが必死の形相で走ってきた。イタチの読みは当たっていた。

「避難した後に母さんが家に戻るといけないから、ここで待っていたよ」
『大丈夫、サスケも無事だよ』
「うん……うん……」

 母さんは涙を浮かべて私たちを撫でてくれた。よくやった、と言わんばかりにお母さんは再会を喜んでいた。

「母さん、サスケを頼むよ」

 不意にイタチが言った。
 遠くから大きな岩石が私たちの方へ飛んで来ていたからだ。
 イタチは瞬身の術を使って私たちと岩石への間に飛んだ。そしてチャクラの蒼い焔を右手に纏わせ一気に岩石へと叩きこんだ。

(速い……)

 岩石は木っ端微塵に砕け、小石が降る。
 私は写輪眼を開眼させ様子を窺う。家から出る時に掴んできたポーチから手裏剣を取り出しチャクラを纏わせて二方向に打った。
 イタチが壊した岩石に隠れて見えなかった、先ほどよりかは小さい岩石が向かってきていたからだ。それでも大きな砲弾ほどの大きさで当たったらひとたまりもないだろう。
 空中で岩が砕け散った。手裏剣が当たった。

「早く皆が避難しているところに逃げよう。姉さんは前を、オレは後ろを守る」

 私はイタチにクナイを一本渡し、お母さんを前後で護衛するように移動した。
 崩壊した家屋の残骸や前方に落ちてきた岩を私が薙ぎ払い、イタチは後ろを振り返りながら時々飛んでくる岩を打ち砕く。
 
 しばらくして人がたくさんいる場所に合流する。私たちは陣形を崩さないようにしながらスピードを落とした。
 歩く。
 写輪眼を閉じ、本来の目に戻す。写輪眼はチャクラを多く使用するため、後ろに引っ張られるような感覚に苛まれながらも何とか正気と体勢を保つ。

「大丈夫、○○?」
『……大丈夫』

 まだチャクラ量が足りない。体力が足りない。課題がたくさん見つかったが今はそれどころではなかった。
 後ろで息を呑む音がする、イタチだ。
 今にも閉じそうな目をなんとか見開いて回りを見渡す。すると、血まみれで避難している人や死体を前に泣き崩れている人、瓦礫に押しつぶされ足だけが出ている死体、悲鳴と啼泣と怒号が飛び交う、赤黒い地獄絵図が広がっていた。
 皮肉にも月明かりが眩しい今夜は血の赤がとても鮮明に見えた。

 さっきまでの疲労感が嘘だったかのように目が冴えていた。この光景を焼き付けんばかりに私の脳は覚醒している。
 
『イタチ、怪我してない?』

 さっきから黙ったままのイタチに声を掛ける。

「ああ」
『姉さん、少しなら医療忍術使えるの。何かあったら言いなね』
「……大丈夫。どこも痛くないよ」

 避難所の近くに行くと、警務部隊が避難誘導を行っていた。お父さんの姿は見えなかったが、見知った顔が年配者や小さな子どもを背負っている。隊員数名が何とか瓦礫の中から生存者を救出している場面にも出くわした。
 避難所では皆が震え、身を縮こまらせながら脅威が収まるのを待った。
 私もお母さんとサスケを真ん中に身を寄せた。秋の夜は寒い。サスケが心配だった。

「うぅ……痛いよぉ……痛いよぉ……」

 どこからか啜り泣く子どもの声がした。避難所内はそういった悲痛な訴えが幾度と無く残響のように聞こえてくる。あっちからもこっちからも痛みや恐怖を訴える小さな叫びがする。

「うるせぇ! ガキを黙らせろ!」

 そんな中、大きな怒号が響き、私の肩がビクリと上がった。
 一気にその場にいた人たちは怒鳴った男性に冷ややかな視線を浴びせたが、何も言わなかった。あまりの恐怖と非常事態に人々は限界に来ていたのだ。
 オレたちだって我慢してるんだ、という視線は声を荒らげた男と、泣く子どもの親に向けられている。

『……ちょっと行ってくる』

 居ても立ってもいられなかった。立ち上がるのも億劫なくらい慣れない写輪眼の使用は体に堪えたが、私は泣く子どもの元へ足を進める。

『僕、どこが痛い?』
「……足」

 そう言って少年は膝を指さした。避難するときに転んだのだろう、擦り傷だった。
 私は彼の膝に手を翳し、チャクラを練る。私の手に青緑色のチャクラが焔のように纏う。

『転んだの? よく頑張ったね』

 傷跡は消えた。少年の隣にいる母親から多すぎる感謝の言葉を貰った。
 医療忍術が限られた人しか修得できないから、それを見せびらかすために行ったわけではない。使うべき場所はここだと確信したからだ。私の微々たる力でも役に立つと思った。……しかし軽率だった。

「こっちも頼むよ」

 どこからか声がした。一人を治せば他の人も言い出すことは分かっていたことだった、見切り発車だった。どれほどの怪我人がいるか分からない中で始めたのは愚行だった。
 しかし、治癒できる力を持っていながらも見捨てることができなかった。

『はい。順番に……』

 怪我人は多かったが、幸運にもそこまで大きな怪我をした人はいなかった。大体の人が擦り傷や、切り傷などの軽傷者。……裏を返せば、重傷者は逃げる途中で見捨てられたか、即死したかということにもなる。この里の緊急事態で全員が軽傷で済むはずがない。
 着実にチャクラの量は減っていったのが自分でも分かった。命を削っているというのはこのことを言うのではないか、と思ったほどだ。

(目眩がする……)

 足元も覚束ないまま怪我人を探し歩いていると誰かに肩を叩かれた。
 白い服に赤い十字のマークが入っている服を着た大人だった。

「後は我々が請け負う。よくやってくれた。ありがとう」

 医療忍者だ。
 視界を横に振るとその白い人たちは数人いて、医療忍者チームが避難所に派遣されたことを理解した。
 私は彼らに挨拶をしたのか、もう意識も朦朧としていたので覚えていない。足を上げる気力も前を向く気力も無いまま、なんとかイタチとお母さんのいる場所まで戻るために体を引きずった。

(血……?)

 地面に染みをつくっている血があった。辿っていく。すると小さな血溜まりがあった。

『……イタチ』

 血溜まりの真上にはイタチの手があった。強く握られている左手からは今も血が滴っている。

『みせて』
「大した怪我じゃない」
『うそつきイタチ……さっきは痛くないって言ってたのに……』

 気付かなかった。こんなに近くに居たのに。

『嘘つきは嫌い』

 悔しさと腹立たしさが脳を一瞬支配し、思考が間に合ってない私は口走っていた。

『嘘つきと強がりは違うよ、イタチ。……見せて』

 イタチは観念したように左手をゆっくり開いた。
 強く握られていたせいか爪の間にも血が入り込んでいる。患部は掌だ。
 私はチャクラを練る。ただ、なかなかうまくいかない。蒼いチャクラは出るのに青緑が出ない。

「こんなの怪我の内に入らない」
『うるさい』

 やっと青緑のチャクラが私の手を纏い、イタチの掌の治癒に取り掛かることができた。
 イタチの掌の傷が徐々に治りだす。

「ごめん、姉さん」

 そう言ったイタチの声を聞いて、意識を手放した。体は動きそうもなかった。



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再執筆:2015/09/06
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