小説 | ナノ


  07


僕の一日は医務室を開けることから始まる。
保健委員長と校医の先生は医務室の合鍵が渡されている。職員室にも予備の鍵があるがあまり使われていない。

医務室の奥――○○の部屋――から物音がした。彼女も起きたのだろう。
一言断って襖を開けて毎朝の日課を行う。

「おはよう、僕は善法寺伊作。ここはとある学園の医務室で、君は覚えていないだろうけど数日前から君を保護してる。とりあえず横に置いてある服に着替えてくれ。あぁ、大丈夫、僕はちゃんと外にいるから」

いつもと同じ挨拶を述べ、襖を閉めて医務室に戻った僕は昨日のことをふと思い出した。
私のことを忘れないで、という花言葉を持つ薄青色の花が脳裏に浮かぶ。
おそらく昨日、雷蔵の話に感動したのは話の中の騎士が僕の心中を代弁してくれたからなのかもしれない、と寝起きの頭で分析してみる。
すると医務室の外の廊下から誰かが歩いてくる音がした。足音からして三人ぐらいだろう。

「「「おはよーございまーす!!」」」

井桁模様の制服の元気な三人組、一年は組の乱太郎・きり丸・しんべヱだ。
僕も挨拶を返して彼らの言わんとしていることを予想した。

「今着替えてるからもう少し待ってあげて」
「はい!」

○○が僕らに出会い、学園に保護されたときは白装束だった。
さすがにいつまでもその格好でいさせるわけにはいかないので、寝具と通常着はくノ一教室の山本シナ先生に相談した結果、貸してもらえることになった。
忍装束(制服)なら予備が何着もあるが、○○は今までこういった服を着たことがなかったらしく着衣に手古摺っていたため忍装束を着せるのは諦めた。
スッと襖が開いて○○が申し訳なさげに顔を覗かせる。

「○○さん、一緒に朝ご飯食べに行きましょー!」
『えっと…』
「あ、私は一年は組の猪名寺乱太郎です。こっちがきり丸でその隣が福富しんべヱです」
『よ、よろしく…』

不安そうな顔をする○○に「行っておいで」と手を振ると医務室の障子が閉まった。
不安なのは僕も同じさ。
昨日の出来事を君は覚えていないんだろう。体育委員会とバレーをしたことを君は覚えていないんだろう。
本当は気が気でない。小平太は別として他の体育委員の忍たまたちがどういう反応を示すのか、やはり忘れられたことを悲しんでしまうのか、想像するだけでも冷静に保てなくなる。
すると医務室の外から僕を呼ぶ声がした。
留三郎だ。

「朝飯行くぞー」

丁度いい時に来た!
「うん、今行くよ」と返事をして立ち上がり障子を開ける。

◇◇◇

僕らの食卓には僕と留三郎、その後ろには乱太郎・きり丸・しんべヱと○○、そしてあろうことか皆本金吾も座っていた。
皆本金吾は体育委員だ、僕の箸は必然的に止まる。

「どうした、伊作」
「い、いや…何でもないよ」

不審に思われないように箸で焼き鮭の身をほじくりながら全神経を耳に集中させた。
お前なんか変だぞ、という声が聞こえた気がするがそんなものは聞き流す。

「○○さんおはようございます!」
『お、おはようっ!えっと…』
「体育委員会一年は組の皆本金吾です」
『金吾君ね、よろしく…ね』

隣で溜息が聞こえる、留三郎煩い。
考えすぎだと君は呆れているのかい?
金吾の顔は残念ながら見えなかったが、声音から推測するとそこまで落ち込んでいるわけでもないらしい。僕は一先ず安心してほじくった焼き鮭を口に放り咀嚼する。



その日の放課後、僕は職員室へを足を運んだ。
やはりどうしても気になってしまった。

「土井先生」

予想していなかった来客だったせいか土井先生は随分驚かれていた。
しかしすぐに取り直し僕を職員室へ招き入れる。

「珍しいな、伊作が来るとは…」
「ええ、ちょっと聞きたいことがありまして」
「聞きたいこと?」
「はい、金吾のことで……金吾の今日の様子はどうでした?」
「どう、とは…?」
「悲しいとか、辛いとか言ってませんでした?」

そこまでいうと土井先生は察したようだった。
先生は目を瞑り今日一日の生徒の様子を思い返す。
しばらくの沈黙の後、「特に変わった様子は無かったなぁ」と声を発した。

「そうですか、よかった」

ほっと胸を撫で下ろす。
やっと緊張が解けてどっと疲れが出た。
ふにゃっとだらしない顔をしているだろうが、気にしていられない。

「お前こそ大丈夫か?考えすぎじゃないのか?」
「いえ、僕は…」
「伊作は○○に忘れられてどう思った?」
「……悲しいなって思いました。だから他の忍たまにはこんな思いしてほしくなくて、その…」
「たぶん金吾やこれから○○と出会う忍たまたちはお前のような思いはしないよ」

どういうことだか分からなかった。
僕が危惧していたことは起きないというのか?
誰だって自分の存在を忘れられたら悲しんだり、または気を悪くしたりするんじゃないのか?

「私たちは“教えたら覚える”ということを当たり前のように捉えている」
「…え?」
「そうだろ?自己紹介をして名前を教えたら覚えられる、呼ばれる、それが当たり前だと思っているんだ」
「そ、そうですね…」

「その当たり前が当たり前では無くなったから、伊作や乱太郎は傷ついた」

土井先生の言葉を咀嚼してゆっくり飲み込む。
なんとなく先生が言いたいことは分かった。
それが目から鱗なことも分かった。

「一年は組の良い子たちを見てみろ、あいつらはなぁ、授業でいくら忍術を教えても次の日にはころっと忘れてるんだぞ!」
「せ、先生はどうお思いですか?」
「そりゃぁ怒るさ。でもだからと言って私がやった授業は無駄だとは思っていない。あいつらは人間だ。忘れてしまうものもある。全部が全部覚えていればワケないが、それを前提で教えていたら一年は組の教科担当は務まらないだろう?」
私は信じているんだよ、教えたことをいつか思い出してそれが実践される日が来るのをね。

驚いた。
僕は恐れていただけだった、僕は彼らは弱く守ってあげなければすぐに壊れてしまう存在だと思い込んでいるだけだった。
しかし違った。
彼らは僕が思っていたよりも強く、適応能力もあった。今朝の金吾がいい例だ。
○○が記憶を失くしてしまうことを前提に付き合っているから、僕や乱太郎のように傷つかない。
考えてみればとても簡単なことだった。どうして気づかなかったのか。
つっかえていたものがすーっと無くなった気がした。

「あいつらは平気だよ」

土井先生の言葉はひどく重みがあり説得力もあった。
この人が担当教員の一年は組が羨ましく思った。

「やっぱり土井先生は凄いですね」
「そんなことはないよ、お前が後輩たちを想うあまりに見えてなかっただけさ」

礼を言って職員室を後にしようと立ち上がると、丁度僕らのいる空間へ黒木庄左エ門がやってきた。
手に学級日誌を持っており、土井先生にそれを提出するのだろう。

「お話中でしたか?」
「いや、もう終わったよ」
「そうでしたか」

土井先生と庄左エ門に別れを告げて職員室を出る。

「日誌かー…」

僕の足は職員室から事務室へと向かっていた。


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