小説 | ナノ


  04


昨日から気になる点が一つあった。
記憶喪失自体のことではない。
ただ、初めて○○と自己紹介をした次の日(つまり昨日)、彼女は僕の名前を忘れていた。
記憶は普通、蓄積されるものなんだが…。
記憶喪失ゆえに忍術学園に来る前の記憶が無いのは頷ける、ただそれからの記憶が無いというのはなんともおかしい気がする。
それに尋常じゃない回復力。
不可解な点はやはり存在する、仙蔵たちが疑ってかかるのも仕方がない。

「でも寝ぼけてたっていう考えも拭えきれないんだよなぁ」
「何をぼそぼそ言っているんだ?」

確認するなら今日か。
朝食を食べたら少し会話をしに行こう。

「おい、伊作」
「ん?なんだい?」

食堂の同じ卓子、向かいに座っている仙蔵が僕を呼んだ。
「食わんのか!?なら私が貰おう!」と小平太が横から僕の皿を覗き込む。
いや、食べるよ。あげないよ。

「大丈夫か?まだ寝ぼけてるのか?」
「ちゃんと起きてるよ」
「じゃぁ考え事か?朝っぱらから元気がないなぁ?」

ちょっと気になることがあって、僕がそう言うと仙蔵は僕が言いたいことを察したのか目を細めた。
すると長次が食堂の入口に顔を向ける。

「伊作」

小さく僕の名が呼ばれた。
長次と同じ方向を向けば、乱太郎が悲しそうにこっちを見ていた。
何があったんだろう。
今日の○○の朝食は乱太郎に運んでもらった。
まだ、僕と乱太郎しか保健委員としては面識がないからだ。

「い、伊作先輩っ…!」
「どうしたんだい?」
「○○さんがっ…、○○さんがっ…」

その名を聞くと仙蔵はもっと目つきを悪くした。
やっと本性を現したか、とでも言うようにニヤリと口角を上げている。
ひどく彼に嫌気が差した。

「○○さんがどうかしたの?」
「わ、私のことっ…覚えてないって…」

乱太郎の目からは涙が溢れる。
それを拭ってやり、小平太がガシガシと乱太郎の頭を撫でる。

「…だ、そうだぞ?伊作」
「……。何も覚えていなかったのかい?」
「はい、私の顔も…名前も…覚えていらっしゃらなくて…」
「そうか、僕も後で確かめてみるよ。ありがとう」

乱太郎の涙が止まったのを確認して彼を下がらせる。
朝食を胃に掻き込んで食堂を足早に去った。
途中で横っ腹が痛くなったが気にならなかった。

◇◇◇

「○○さん、入るよ」

医務室の奥、今は○○の部屋として使っている物置部屋に入る。
部屋の主は味噌汁を美味しそうに飲んでいた。

「おはよう、○○さん」
『えっと…』
「僕のことは分かるかい?」
『…ごめんなさい、初対面じゃないかな?』

彼女は少し考えてからそう言った。
悲しくなった。胸がぐっと締め付けられるようだった。
やっぱり寝ぼけていたとかではない。
はっきりと彼女は言葉を口にした。
嘘をついているようには見えなかったことが何よりも悲しかった。

「僕は善法寺伊作。ここがどこだか分かる?」
『ご飯を持ってきてくれた男の子…えっとたしか乱太郎くんが医務室って言ってたような…』
「そうそう、あってるよ」
『医務室ってことは私、どこか怪我したの?』
「うん、怪我をしてここで保護したんだけど…どこか痛いところはあるかな?」
『ううん、どこも痛くなくて』

昨日と同じことを聞いてみた。
何も覚えていなかった。
残念ながら、昨日あんなにも楽しそうに乱太郎と談笑していたことも覚えていなかった。

「君はここの近くの山で発見されたんだ。どうしてそこにいたのか覚えてない?」
『え?山…?山なんて私行ってないよ』
「ご両親の名前は分かる?どこの村から来たとか…」 
『ごめんなさい、何も…』
「君は三日前にここに運ばれたんだ、覚えてないかな」
『三日前!?』
「そう、昨日も一昨日も僕は君とお話したんだけど…」
『え、嘘!?』

本当だよ、と小さく笑えば○○は申し訳なさそうに顔を俯かせた。
そこで僕の中で確信した。

「そっか、昨日の記憶も無いってことで…いいのかな?」

彼女は首を縦に振った。
僕は彼女に気づかれないように溜息をつく。
僕の今のところの見解は、
少女――○○は、記憶喪失で忍術学園に連れてこられた時より前の記憶が無い。
且つ忍術学園に来てからも毎日記憶を失くす。
自分の名前や固有名詞、言語や物の使い方など日常生活で必要な知識の欠落は無し。

『嘘じゃないの…、信じてなんて言っても信用ならないかもしれないけど…』

○○は今にも泣きそうだった。
彼女を責めることは出来なかった。
彼女は悪くないんだ。
記憶喪失なら僕が五年生の頃、あまりの実習の過酷さに数日間記憶喪失になった同級生がいたがすぐに記憶を戻した。
だから今回の件は、ただの記憶喪失というわけでは無さそうだ。

「今日の放課後、この学園の案内をしてあげるよ。ずっとこの部屋だけじゃ飽きちゃうだろうし」
『ありがとう、伊作君』
「じゃぁ、授業行ってくるね」

きっと明日になれば彼女は僕のことなど忘れてしまうんだろうな。
乱太郎が今朝泣いて食堂に現れた理由が分かった。


忘れられるってこんなにも悲しいことなのか。


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