03
「おはよう」
次の日、授業が始まる前に医務室に行って鍵を開けるついでに○○に声をかけた。
寝ぼけ眼で見返す○○がぎこちなく挨拶を返す。
『あの…、あなたはどなたですか…』
「ん?もう忘れちゃったかな?僕は伊作」
『ここはどこですか?』
まだ頭が覚醒していないだけかと思った。
諭すように「医務室だよ」と答えても、初めて聞くかのように彼女は驚いていた。
とりあえず、怪我の具合でも見ようと一言断って腕と足に巻かれた包帯を外す。
「え……」
『あの、私…、怪我したんですか?』
嘘だろ。
怪我の痕が全く無くなっている。
枝で切った切り傷も、擦り傷もまるで元から無かったかのように完治している。
常人であれば傷が塞がるまでそこまで時間が掛からないとしても、あまりにも早すぎる。
そもそもまだ痕があってもいいはずだ。
しかし彼女にはそれが見当たらない、患部が無くなっている。
「完治したみたいだね、よかった」
安心させるように笑顔を見せれば○○もつられて小さく笑った。
気づけば授業が始まる寸前だったため、「厠は左に曲がってすぐだから!」と言い残して急いで医務室を後にした。
とりあえず彼女には医務室にいてもらう。
退屈だろうが学園としては見知らぬ人に敷地内を歩き回られるのはあまり宜しくない。
「どうだった?」
「え?」
隣の席の食満留三郎が問いかけてきた。
まだ先生は教室には来ていない。
「あの女の…」
「あぁ。ちょっと喪心気味らしくって、記憶喪失が起きてるんだ」
「記憶喪失…?」
「うん、自分の名前とかは分かるんだけど、どうも出身地とかどうしてあの場所にいたかとかは覚えていないらしい」
留三郎が僕に無言で念を押す。
わかってるよ、警戒を怠るなって意味だろう?
伊達に僕だって六年間もここにいるわけじゃないさ。
◇◇◇
今日の授業も終わらせ、委員会活動の時間になる。
医務室に行けば、今日の当番の乱太郎がすでにいた。
「調子はどうだい?」
「あ!伊作先輩!こんにちはー!」
『今朝の…』
少女――○○は今のところ妙な動きは見せない。
「乱太郎、僕は医務室の奥の物置部屋を片付けてくるから○○さんの話し相手になってあげてね」
「え、あ、はい!」
昨日の時点で、学園長には○○のことは伝えてある。
記憶喪失の可能性が高いことを言えば、学園長からは記憶が戻るまで忍術学園で保護するようにと仰せつかった。
まだ彼女の素性が分からないため、警戒を解くなとも言われている。
仙蔵あたりは「記憶喪失というのも演技なんじゃないか」と警戒の色が強い。
文次郎も仙蔵と同意見だ。
長次や小平太もそれなりに距離を取っているものの、い組の二人ほど警戒はしていない。ろ組はどちらかと言うと、我関せずといった感じに近いようだ。
医務室の奥の部屋は今、物置として使われている。
特に物が多いというわけではないから、ちょっと整理すれば一人くらい眠れる空間は確保できる。
箒で掃いて濡れ布巾で拭いて換気もする。
埃臭さがなくなった。
『乱太郎君は…』
「立派な忍者になりたいんです」
耳を澄ませば聞こえてくる二人の会話。
特に気にする点もない。
彼女がなにか情報収集しているとは今のところ考えられない。
「みんな、考えすぎなんじゃないかなぁ…」
僕はやはり忍には向いていないのかもしれない。
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