小説 | ナノ


  02


夕飯時には間に合わなかったが、一応その日の内に忍術学園に帰って来れた。
クタクタで帰ってきた僕たちのために食堂のおばちゃんは寝ずに待っていてくれていた。
ありがたい。
疲れた体に温かい味噌汁が染み渡った。

一年生の頃のように六人で風呂に入って疲れを癒した。
やはり風呂は狭かった。

「長次、悪かったね」
「なんのことだ?」
「ずっと担がせっぱなしだったから…」
「…構わない」

無愛想だがいい奴なのは小さい頃から変わってない。
湯船で誰が長く潜っていられるかという競争を始めた文次郎と留三郎と小平太を拳で殴った仙蔵も相変わらずだ。
僕は長次とその様子を見守る。


「部屋には戻らないのか?」
「ううん、戻るよ。でもあの子の様子をちょっと見てからにするよ」
「そうか、ならお前の分の布団も敷いておいてやろう」
「恩に着るよ、疲れてるのにすまない」
「なぁに、気にするな」

忍たま六年長屋に戻る五人と別れ、医務室に向かう。
忍術学園に戻ってきてすぐに応急処置をした少女の様子を見に行くためだ。
彼女は枝や葉で切ったと思われる小さな傷と転んで出来た膝の擦り傷以外のものは見つからなかった。
山本シナ先生に頼んで清潔な肌着に着替えさせてもらった。

「入るよ」

一応声を掛ける。
睡眠薬が効いているのか、少女はまるで死んだように深い眠りに就いていた。

「なんで、死のうとしてたの?」

答えは返ってこない。
当たり前だ、彼女は寝ているんだから。
明日、目覚めたら聞いてみよう。

そう思って医務室を後にして長屋に向かった。
留三郎は既に眠っていた。
久々に柔らかい布団で眠れる。横になればすぐに瞼が落ちてくるのが分かった。


◇◇◇


六年生にはその日、疲労回復のため暇が設けられた。
いつもより遅めの起床時間、遅めの朝食を取って、なんとなく医務室に足を運ぶ。
暇といっても特にやることもない。かと言って町に出たら余計に疲れそうだ。

「おや、目覚めたかい?」

上半身を起こして辺りを見回す少女に声をかけた。
食堂のおばちゃんに作ってもらった朝食を少女の前にコトンと置く。

『ここ…、どこ?』
「ここはとある学園の中にある医務室だよ」

忍術学園は忍者を養育する学校であるため、無闇に他言してはいけない。

『あなたは…』
「僕は保健委員の善法寺伊作、あなたは?」
『私は…○○』

よかった、薬の後遺症も無いようだ。
意識もはっきりしている。

「では、○○さん。どうしてあんな場所にいたの?」
『あんな場所…?』
「質問を変えよう。どうして“死なせて”なんて言ったの?」
『え…?』

少女は瞬きをする。
信じられないと言うように何度も何度も。
質問の順序を間違えたか?

「ごめん、君のことを教えて欲しい。君は一体どこから来たの?」
『私……』

少女は口を噤んでしまった。
言いたくないのか、言葉を選んでいるのかわからない。

『私…、どこから来たの…?』

「へ?」

僕が聞きたい。
少女は泣きそうな顔をしていた。
冷静になって彼女を見やるも、どうも嘘をついているとは思えない。

『私、私…、どこから来たの?どこで生まれたの?』

え、うそ…。
もしかして睡眠薬の配合間違えた?
いや、僕の密書を持っていたプロ忍さんもちゃんと目覚めて食堂で朝食を取っていたし、「やぁ伊作君、おはよう」なんて声を掛けてきてくれたし。
いくら不運と言われていても、保健委員長としての仕事でミスをしたことは無い。

「落ち着いて、大丈夫。ちょっと焦ってるだけだよ」
『ごめんなさい』
「いや、謝らなくていいよ。僕こそいきなり質問しちゃってごめんね、驚いたよね」

この少女――○○が他国の忍である可能性が無いとは言えない。
なるべく警戒を解かせて近づこう。
あまり人を疑うのはしたくないが、仕方ない。

時間を置いて質問してみても、自分の名前以外のことは思い出せないようだった。
どうして死のうとしたのか、どうして裏々々山にいたのか。
どうして山賊に追われていたのか、どこから来たのか。
謎は解けないままだ。
一時的な記憶喪失と言ってもいい。
そうなればちょっとしたことがきっかけで、すぐに記憶を取り戻すだろう。
慣れない環境に置かれたせいだ、脳がまだ戸惑っているんだ、そう言い聞かせる。
ただ、引っかかる点は自身の名前や日常生活で使う物の名前、使い方は忘れていないこと。

知りたい部分だけの記憶がうまいように喪失されている。
困った。
このままだと仙蔵あたりにとやかく言われそうだ。


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