01
六年生は二日前から裏々々々山まで実習に来ていた。
どこまでが忍術学園の敷地なのか未だに分からない。
「おう、伊作!」
「留三郎!今回も無事に終わったね」
「あぁ、今回はデカイ怪我しなかったか。よかったな」
「まぁね、でも忍術学園に帰るまでが実習だから…」
お前が言うとやけに重みがあるよ、と同室の食満留三郎が言った。
実習は大自然の中で三日間無事に生き延び、且つ、密偵役のプロの忍者が持っている密書を奪うというものだ。
飲食物は勿論、武器も自前で用意し生き延びる。怪我も自分で処置する。
密書に見立てた巻物を奪うため、相手に見つからないように罠を張る。
これだけなら四年生や五年生でもできなくはない。
しかし、今回は忍たまとプロ忍の六人対六人のチーム戦である。
密書もただ奪えばいいというものではない。一人ずつに振り当てられた「い」「ろ」「は」「に」「ほ」「へ」に対応している密書をプロ忍から奪わなければいけない。
どのプロ忍がどの密書を持っているかは忍たまには知らされていないため、各々が情報収集をし、それを統合し、自分の標的を見極めるという情報収集能力も問われる。
また、裏々々々山が実習場所として選ばれたのも、忍たまたちが普段行かない場所だからであり、いかに未知の土地で策が練れるか、自身の力を発揮出来るかも評価対象に含まれている。
「夕飯までに帰れるといいな」
「そうだね、そろそろ温かいご飯が食べたいね」
実習中は干し飯や兵糧、木の実が主な食糧だった。
いい加減、食堂のおばちゃんが作るご飯が食べたい。
裏々々山に差し掛かった辺りで他の六年生たちと合流した。
みんな泥だらけだったが大した怪我は無かった。
太陽が傾き始めていたため足早に山を下る。
「待て」
突然、六年い組の潮江文次郎が制止をかけた。
皆足を止めて警戒する。
長次が地面に耳をつけて足音を確認した。
「三人…、一人は近い」
審判の先生方か、それともプロ忍たちか、それなら何の問題もない。
ただこの広大な敷地内には、山賊やらどこかの村から迷い込んだ者たちも当たり前のように存在する。
裏々山までなら先生方の監視が行き届いているため比較的安全だが、それより奥は安全とは言い切れない。
荒い息遣い、走る足音が近くなる。
「来るぞ」
「あぁ」
応戦出来るように皆武器を構える。
木々を縫って現れたのは先生方でもプロ忍でもない、一人の少女だった。
なぜか白装束を纏って必死に走って来る。
「まずい!この先は崖だぞ!」
留三郎が叫ぶ。
止まれ!という声に少女は素直に足を止めた。
「何者だ?この先は崖だ、このまま進めば死ぬぞ」
文次郎が目を細めながら少女に言うと、彼女は再び足を動かし始める。
「聞いているのか!?この先は崖だと言っているんだ!」
少女の足は止まらない。
『…お願い』
少女は息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
『お願い、死なせて』
伊作!と誰かに呼ばれた。
実習で使った薬品の小瓶を開けて、持ち合わせの布に含ませる。
小平太が羽交い絞めで動きを封じている少女の鼻にその布をあてがった。
彼女に嗅がせたのは即効性の睡眠薬だ。実習のために調合したものだからきっと数刻もすれば目が覚める。
しかしなんで彼女は最後にあんなことを言ったんだろう。
とりあえず少女を長次に担いで貰って木々に隠れて様子を伺う。
「…山賊か?」
「そうみたいだな」
「じゃぁコイツも?」
「いや、おそらく違うだろう」
山賊と思しき風貌の二人の小汚い男が少女の姿をキョロキョロと探している。
しばらくして見つからないと諦めたのか、舌打ちをして元来た道を引き返していった。
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