小説 | ナノ


  07:火種


 七月の下旬。
 私とイタチは祖父母の家で過ごすことになった。お母さんのお腹はいつか病院で見た妊婦さんのお腹よりも大きくなっていて出産間近であることを物語っているからである。
 前駆陣痛というものが頻繁に起こるようになって、お父さんも、もういつ赤ちゃんが産まれてもいいようにお母さんに付きっきりだった。お父さんは家事はからっきしなので私たちはおばあちゃん家に預けられたのだ。


 私は今、アカデミーにいる。今日はくノ一教室の医療忍術の基礎講習の日だ。
 本来は一緒に授業を受ける筈だった私の親友は先の戦争で命を落としてしまったので、一人で受けた。友達がいないわけじゃない。女子特有のグループに入れてもらえなかったわけでもない。ただ、自分の居場所を変えてしまうのは生前の親友を蔑ろにするようで自分が嫌だっただけ。

「じゃあ先生の言った通りにチャクラを練って、仮死状態の金魚を蘇生させてください」

 仮死状態の金魚を蘇生する。
 先生は平然と言ってのけたが、考えてみればそれは凄いことだと思った。
 周りからは動きもしない金魚を前に「気持ち悪い」やら「触りたくない」などの悲鳴に似た声が聞こえたが、私はそんな声は最初こそ気になったがもう遮断した。

(集中集中……)

 金魚に両手を翳す。先生に言われたとおりにチャクラを練る。火遁の術や忍術を発動させるときとは違うチャクラを練る。難しい。
 なかなかうまくいかないので、この術の本質を考えてみる。
これは治癒術ではなく、蘇生術だ。全てを治そうなどと考える必要はない。
 灯火を灯すように、ピンポイントを最大火力で。そうするとチャクラの制御が必要になる、細くこより状にするイメージを持って練る。
 そして、火種を渡すようにチャクラを放つ。

『っ!』

 ピクリとも動かなかった私の金魚は最初は一回、次に三回、と回数を増やしていきながら尾びれを机に叩きつけ始めた。

「○○ちゃんすごい!」

 向かいの席に座っていた子が言った。
 私はまだ信じられなくて自分の手を見つめている。すると先生が来る。

「うちはさん凄いわ! 医療忍術のセンスあるわよ!」
『あ、ありがとうございます……』
「今のを忘れないように次のステップいってみましょうか」

 そう言って先生は新しい魚を口寄せする、金魚よりも大きい魚だ。ちなみに動物ではないのは蘇生した後に動いて逃げてしまうからだそうだ。
 火種を渡すイメージなのは忘れない。蘇生術は外部からきっかけを与えれば対象は自らの力で息を吹き返す。難しいことは考えない。火種をつくる。


 授業の終了を告げる鐘が鳴る。今日の授業はこれで終わりだからかクラスメイトたちは後片付けもそこそこに教室を後にする。
 私はまだ自分の席に着いている。三匹目の魚が机の上にいる。

「うちはさん」

 誰もいなくなった教室でくノ一教室の先生が声を掛けてきた。

『あ、はい。すみません、……もう帰ります』
「いや、そうじゃなくて」

 先生はこの授業について話してくれた。医療忍術は誰もが扱える忍術ではないということも。
 今日の授業は医療忍術の入門中の入門で、先生自体も授業という名目上生徒たちに体験はさせたが、向き不向きを判断する方に重きを置いていたそうだ。

「もしアナタに興味があればだけど、医療忍術の授業を積極的に取ってみたらどうかしら。医療忍術を修得して困ることは無いわ、その能力を伸ばさないのは勿体無いと思うの」
『私、医療忍術に向いているんですか……?』
「ええ。でも医療忍術だけを修得しろ、医療忍者になれと言っているわけではないのよ。ただ、アナタには素質があるのは確か。アナタは戦闘一族と名高いうちは一族のお子さんで、戦闘センスも突出していると聞いているわ。でも、何より今日の授業で魚に蘇生術を施せたのはアナタだけだった。それも確かよ」

 最後は本人のやる気次第ね、と言って先生は私を教室の外に出るように促した。そろそろこの教室を施錠しなければならないのだ。
 先生が私に医療忍術修得を強く推さないのは、私がうちは一族だからだ。そして私もなかなか首を縦に振れないのも、私がうちは一族だからだ。
 うちは一族は戦闘一族。後方支援に準ずる医療忍術なんてうちは一族がやることではないと考えている。刃を研げばいいと思っている一族なのだ。そう教えられて育った。

「きっとアナタなら今からでもすぐに追いつけると思うわ。考えてみてちょうだいね」

 それまでの補習なら私が見てあげるから、先生はそう言って職員室に戻っていった。私も肩掛け鞄を掛けて、帰宅しようと昇降口に向かう。
 みんなが下校して一気に静かになった校舎。先生の言葉を思い出しながら歩いていると校門前にイタチがいた。

『イタチー! どうしたの?』
「姉さん。父さんから病院に来いって。……産まれた、って」
『ほんと!?』

 何が、と聞き返さなくても分かった。私たちがずっと待ち続けていた新しい家族だ。
 私はイタチの手を取って走った。行き交う人々を縫って、時には飛び越えて、屋根の上を走って、私たちは目的地前の地面に着地した。
 

『うちはミコトの病室はどこですか?』

 受付のおばさんに声を掛ける。優しそうなおばさんは快く病室番号を教えてくれた。
 それ通りに病院内の廊下を歩いていくと、ネームプレートにお母さんの名前が入っている病室を見つけた。
 
(ここだ……)

 私もイタチも緊張していた。嬉しさと緊張でドアに伸ばした手が少し震える。
 刹那、私たちの視界を遮っていた白いドアが横に流れた。影ができる。大きな人の影。

「なかなか入って来ないと思っていたが、何をしているんだ。さっさと入れ」

 お父さんだ。
 言い方はいつもと同じだが、その顔はいつもの仏頂面ではなく、朗らかな笑みを浮かべている。
 病室の最奥にはベッドから上半身を起き上がらせているお母さんがいた。

「いらっしゃい。○○、イタチ」

 私たちはお母さんに誘われるようにベッド横に行く。お母さんの腕には布に包まれた小さな赤ちゃんが抱かれていた。目は閉じていて眠っている。小さな手はきゅっと握られていてとても小さい。

「サスケよ」

 お母さんが言った。弟だった。
 私とイタチは産まれたてのサスケの頬や握られた手を代わる代わる撫でた。ふにふにしていて柔らかい。
 イタチがサスケの握っている小さな手を人差し指で優しくつつくと、サスケはその人差し指をぎゅっと握った。

「っ!!」

 イタチは声を上げずに驚いていた。そして最近は見ることが少なくなっていた、嬉々とした表情に変わる。
 私は新しい命を前に、嬉しそうなイタチを前に、言い表せない幸福感に抱擁された。温かい火種を貰ったように心の奥が温かくなる。
 そして、決意した。
 弟を、弟たちを守ることができる力を持つ忍になろう、と。敵からも怪我からも病からも、全てのものから弟たちを守れる姉になろう、と。

『サスケ』
「サスケ……」

 佐助。
「力を重ね、人を助ける人になるように」
 英雄の「上月佐助」から肖った名前にたくさんの願いをこめて。


 サスケが笑った気がした。


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再執筆:2015/09/06
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