知らぬが仏 | ナノ
 

わたしと夏目君は似ているのかもしれない、と時折意味も根拠も無く思うことがある。わたしは夏目君のことをあまり知らない。あまりどころか、ほぼ全く知らないと言えるだろう。まるっこい猫を飼っているらしいということくらいが精一杯だ。でも、知らないけれど、どことなく同じかおりを感じる。シャンプーとか香水とか(そもそもわたしは香水なんて使わないし、夏目君もきっとそうだろうと思う)そういうのではなく、根本的な雰囲気がちょっとだけ似ている気がするのだ。先述した通り、意味も根拠も、そう思う理由も見当たらない。ただ漠然とそう思った。それだけ。

夏目君はよく窓の外を眺めてぼんやりとしている。その瞳はたまに何かの姿を追っているように見えるが、窓の外の景色の中で動きがあるものなんて、せいぜい雲か鳥くらいだろう。しかし夏目君の瞳が動くスピードは、雲を追うにしては速過ぎて、鳥を追うにしては遅過ぎる。数回瞬きをした夏目君はふと溜め息を吐き、時計を見て、

「…」

…目が合った。時計の下あたりに立っていたのだから当然と言えば当然。特筆するほど輝いていたり大きかったりするわけではないのだが、何故かこの目から視線を逸らすことが出来ない。妙な魅力があるというか、何というか。ちらりと覗く額を左右に分かれて覆っている前髪が揺れる。真顔をナノ単位で微笑みに近付けた夏目君がちょっとだけ首を傾げた。
何か用?
そんなセリフが、夏目君の静かで柔らかい声を模して脳内で再生される。もう少し距離が近かったら本当にそう言っていたのかもしれないが、私たちの間には数メートルの隙間があった。けれど、視力ばかりはいい私には、瞬きする度に揺れる睫毛まではっきりと見える。さてどうするべきか、今になって考え始める私。近付くべき?話しかけるべき?それとも、何もなかったかのように目を離すべき?しかしそんな悩みとも言えない悩みは杞憂だったようで、夏目君の方からアクションを起こした。もう一度時計を見て、また私に視神経を集中させる。
なに?
今度も脳内再生されたが、これは多分でも恐らくでもなく、確実に夏目君の言いたいことなのだと言える。何せ夏目君の口が無音でそう動いたのだ。さっきと同じ向きにもう一度首を傾げながら、今度はこめかみのあたりに小さい疑問符をふたつほど浮かべたような微笑。首を横に振るのがベストだろうかとまた思案していると、夏目君が目を見開いた。少し驚いたように、何かをじっと見据えている。はたから見れば私を見ているようにしか見えないだろうが、違う。夏目君は私を見ていない。私の後ろ。多分、右斜め上あたりだ。咄嗟に振り向くと、何かが一瞬だけ視界をかすめた。何かは分からなかったが、何かがあった、もしくは居たことは間違いない。何せ私は視力が良い。虫か何かだろうかと簡単に片付けて首を戻すと、今度は驚愕の視線を私に向けた夏目君が、息苦しそうに唇を結んで、肩を寄せていた。


知らぬが仏

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テーマ「人外ファンタジー」
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