気丈な僕でいられない | ナノ
 

自分で言うのも何だが、俺は非常に情けないやつだ。何が情けないってまずマイナス思考に陥りやすいし、くじけた後立ち直るのも時間がかかるし、一度心配になると何もかも上手くいかない気がしてきてもうダメダメ。そんな情けなさは恋愛面でも存分に発揮され、更に女子にも弱いため目も当てられないことになる。マックスに急かされ押され、やけになってあいつに告白したときは半分意識がすっ飛んでいた。いや、半分ではなく三分の二だったかもしれない。正直自分が何を言って何をしたのか、さっぱり覚えていないのだ。後日覗いていたマックスにやればできるじゃないかと言われたし、話の流れ的に無事あいつと付き合えることになっていたらしいし、あいつの様子も俺の奇行を目の当たりにしてドン引き、みたいな感じじゃなかったし、緑川風に終わりよければすべて良しという事にしたが…やはり気になる。でも聞けない。とにかく俺は超絶とか究極とかが付くほどに情けないやつということだ。自分で言ってて泣きたくなってきた。

さて、何故急にこんな話をしたのかと言うと、時は久方振りに北海道のチミッコ野郎から暇潰しコールを頂戴した昨日の夜にまで溯る。FFIが終わってから音沙汰無しだったから(あくまで俺の話であって染岡は週3ペースで電話したりメールしたりしていたらしいが)、およそ二か月弱ぶりである。甘ったるい低音ボイスは相変わらずだった。で、次のフットボールフロンティアには白恋中も参加するよぉとか斜向かいの家の猫が子供産んだから一匹もらったんだぁ可愛いよぉとか、これまた相変わらずな間延びした声にああ、負けないからな!とか俺は犬派だなーとか返していたら、いつの間にか恋愛の話になったのだ。

「僕はやっぱり料理かなぁ。あったかい和食作ってくれるような女の子がいい」

確かにそれは嬉しい。菓子類よりもポイントが高いかもしれない。そもそも俺自身甘いものはあまり好んで食べないし。

「風丸君は?そういえば好きな子がいるって言ってたよね」

自ら言ったんじゃない。FFIに優勝したその日の深夜、恐ろしくテンションが上がって誰だ貴様状態になっていたヒロトに言わされたんだ。あの時のヒロトはいつもの一歩引いて見守るような落ち着きを宇宙の彼方へ追いやっていた。息絶え絶えに腹を抱えて笑っていた背中を見てちょっと安心したのは秘密である。俺以上に色々抱えてたからな、あいつ。

「それがまあ、最近付き合うことになって」
「えっどんな魔法使っ…よかったじゃないか!」

今確実に魔法っつったろ。使ってねーよ。そりゃ俺はそう思われるくらいのヘタレ野郎だと認めざるを得ないが。

「どう?可愛い?」
「言わせんなタラシ」
「えー」

タラシ発言はスルーされた。自覚してんのかコイツ。しててもしてなくても、どっちにしろたち悪いな。当然か。たちの悪くないタラシが居てたまるか。

「で、どこまで進んだの?」
「は?」
「だから、手繋いだり、ちゅーしたり」

な・ん・で・す・と?


 * * *


「なに、まだ手繋いでないわけ」
「うるさいな…」

時は戻って現在。まー予想してたけどねープププとマニキュア(学校にまで持ってくんな)片手に笑うマックスにむかつき半分、反省半分。一応俺だって繋ぎたいとは思っているが、二人で下校するだけでいっぱいいっぱいなのだ。退屈させない話題を考えたり、話が途切れないようにしたり、それだけでもう頭グラグラ。これ以上はキャパシティオーバーになる。

「いっそ告白した時みたいにスッ飛んじゃえば楽かもよ?」
「それじゃあ何しでかすか分からないだろ」
「まあ確かに。あの時の風丸、風丸らしくなかったし」

チェリーのくせに生意気だぞ、と俺の二の腕を小突くマックス。チェリーって何だ。果物は今関係無いだろ。

「…まさか、告白した時何したか、覚えてなかったりする?」
「いっ…いやそんな事は、」
「あーららー。へーえ、無意識だったんだあ。ふぅん」

な、何だよ俺、何したんだよ!

「とりあえず頑張れ」

とりあえずじゃねえよ、どうしろってんだよ!


 * * *


冗談抜きで本当にどうしろってんだよ。誰か助けてくれ。彼女と下校するのはもう二桁以上経験しているがそれでもまだ慣れないし、マックスの言葉も気になるし。この状態で手なんて繋げるわけないだろ。

「風丸君?」
「なっ…なんだ」

声裏返った。ちくしょう、もう誰か一発俺を殴ってくれ。

「何も話さないから、珍しいなって」
「ああ…ちょっと考え事してた。すまん」

考え事。考え事って何だよ。私と居ても楽しくないのかなとか思われたらどうすんだよ。そんなこと無いどころかめちゃくちゃ楽しいよ。けど羞恥心が上乗せされてちょっとアレだよ。

「私ね、風丸君の部活の話聞くの、すっごく好きなんだ」

好きというワードに反応したのは言うまでもなかろう。

「なんなら、マネージャーにならないか?」

おい。おい俺どうした。
何言ってんだよ奥手脱出おめでとう自分いやそうじゃないこいつもう別の部活入ってるだろ駄目に決まってんだろ誰かシャベル持って来い今すぐ近場に埋まる埋まらせてくれ。

「…いいの?」

あれっ乗り気。人生何が起こるか分からないな。

「じゃあ、あの…喜んで」

照れくさそうにはにかんだ彼女があまりにも魅力的過ぎてどうにかなるかと思った。とにかく可愛くて、何というか、周囲全てシャットダウン。ぷちっと何かが切れた。まさに気がつけばという感じで、ふと目を開けるとすぐ近くに長い睫毛があった。数回上下して、その後下りたままになる。どうすんだ俺、と迷ったのはほんの一瞬。どうにでもなれ。


 * * *


翌日の朝。結局手は繋がなかったが、それをすっ飛ばしてキスなんてしてしまったものだから、もうそれどころじゃない。早起きし過ぎて、いつもより小一時間早く着いてしまった。朝練前のまだ誰もいない部室でユニフォームを引っ張り出す。

「おはよー。あ、風丸昨日どうだった?」

ひょっこりと顔を出したマックスがしょっぱなから直球で聞いてきた。どうだったもこうだったもない。

「キス」
「…は?」
「した」

瞬き。瞬き。目をこすってもう一度瞬き。その後ひえーとアホみたいな声。

「風丸のくせにもう2回目…」
「2?」
「あ」

しまった、と呟き、腕を組んで思案顔。2回目?2回目ってどういうことだ。

「あのさ」
「何だ」
「告白した日に何したか、教えてあげるよ」

神経質そうに扉を睨み付けながら、俺を壁際へ引っ張っていく。最後に窓の外を一瞥し、やっとこ口を開いた。

「落ち着いて聞けよ」
「あ、ああ」
「告白OKされた後にさ、…しちゃってたんだよ。なっがいキス」

一瞬五年前亡くなった祖母の面影が見えた。

「なんだって?」
「さすがの僕もあんなの直視できなかったよ」
「おいマックス冗談だろ、おい」

ひたすら無視を決め込んだマックスに、悲鳴じみた大きな溜め息。嘘だろ。何かの間違いだろ。無意識のうちにファーストキス終えてたなんて、しかも長いって、長いって、相手があいつじゃなかったら発狂してたぞ。いやまだ認めて無い、認めて無いけど。断じて認めて無いけど。…今日からどんな顔して彼女に会えばいいんだ。手元のユニフォームにでかでかと書いてある背番号を見下ろして、俺はそのままぶっ倒れた。一周回ってやっぱり情けない俺である。


気丈な僕でいられない

2月2日は風丸デー!

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