inzm log | ナノ
真っ白なマグカップが、太陽の光を受けつやつやと輝いている。今日はあたたかいような、涼しいような、まあどちらでも構わない。今日一日外に居たって汗はかかないだろうし、風邪もひかないだろう。マグカップを傾けて、ぬるくなったお茶を特に渇いてもいない喉に流していく。中途半端な高揚感を撫でるように吹いた風が、私の頬を緩ませた。ざりざりというベランダ用スリッパの音さえ心地良い。最後にぱさんと鳴いて落とされたスリッパを背にリビングに戻った。相変わらずヒロトはソファに寝転んだまま。

「ヒロト、もうお昼だよ」

あちこちに散乱する資料とノートパソコンを除け、小さな隙間にマグカップを置いた。しゃがみ込んでヒロトの肩を揺すると、んぅ、と妙に可愛らしい声が漏れる。

「おそようございます」
「ん…んん…?おはよう…あれ、今何時?」
「お昼の二時」
「…ああ、やっちゃった…。ごめんね」
「別にいいよ。明日行こう」

眠そうな目が申し訳なさそうに細められる。ゆるゆると落ち着き薄れていく高揚感を感じながら起き上がったヒロトの横に座ると、するりと流れるように頭を撫でられた。

「なまえ、眼鏡」
「はいはい。…あ、やっぱ待って」

ノートパソコンの上から拾い上げ、渡そうとした眼鏡を引っ込めた。ヒロトがこてんと首を傾げる。さっきから仕草が子供っぽい。寝起きがいいんだか悪いんだか、どちらにしろ女の私よりさまになっているのがちょっと気に食わない。

「眼鏡かけてないヒロトも好きだなあ」
「そう?」

うん、と小さく笑うと、ありがとう、と幼稚園児のカップルみたいな短いキスをされた。その割に至近距離で喋るヒロトの声がいやに官能的で、何だか面白い。

「でも駄目、眼鏡返して」
「えー」
「ほら、早く」

渋々眼鏡をかけてあげると、いつものヒロトが満足げに笑顔を浮かべ、今度は額に唇を寄せられた。眼鏡をかけたままだと、さっきみたいなキスはしにくいのだろう。

「朝ご飯食べたい」
「二時って言ったでしょ」
「じゃあお昼ご飯」
「パスタでいいなら作るけど」
「手抜きインスタントかあ」

嫌味ったらしく言われたが、事実だから反論のしようもない。文句言うなら作らないからね、と捨て台詞を吐きながらキッチンへと歩き出すと、和風だと嬉しいな、だってさ。嫌がらせに別のものにしてやろうかと思ったが、私も和風がよかったから仕方なく従うことにする。



資料とノートパソコンが片付けられたローテーブルに皿を並べると、ヒロトが不思議そうにちょっとだけ目を大きくした。

「なまえもまだ食べてなかったの?」
「悪い?」
「ううん。待ってくれてありがとう、ごめんね」
「単に食べる気無かっただけ」
「そう」

何もかもお見通しだ、という目の色だ。どうにもヒロトには死ぬまで勝てそうにない。

「ねえヒロト、やっぱり食べた後見に行く?」
「それは駄目。一回しか着れないんだから、じっくり選んだ方がいいよ」
「じゃあ明日は寝坊しないでよね」
「分かってる。本当にごめん」

ちょっとだけ苦笑いをした後、いただきます、と手を合わせて綺麗に食事を始めるヒロトを眺めながら、ウエディングドレスかあ、と小さく呟いた。


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