inzm log | ナノ

閉じた玄関の扉を背に、ずるずるとしゃがみ込んだ。今の今まで心臓爆発寸前だったんだ、それこそ張り詰めていた糸が緩んだかのような感覚だったりする。
テスト近いねって言ったのは私で、勉強会でもするかって言ったのが神童君。俺の家でよければ来ないかと誘ってくれたのも神童君。だけど私には、あんなお城の中に足を踏み入れられる程の勇気が無かった。外観だけでも口あんぐりなのに、敷地内、なんて。そこで私の家にしよう、と提案したのだ。神童君はあっさりOKしてくれた。
そんなこんなで彼のルックスに大興奮の母を押さえつつ自室に招き入れたのはいいが、妙に緊張してしまい英単語のひとつも覚えられやしなかった。シャーペンは落とすし、机の足に膝ぶつけちゃうし。中断に中断を重ねている内に日が暮れてしまった。神童君には悪い事をした。しかし彼は謝られると逆に気にしてしまうタイプのため何とか飲み込んでお礼だけ言い、玄関まで見送り。そして冒頭に戻る。

重たい足を引きずって自室に戻ると、机の上には見慣れてはいるが自分のものではないペンケース。間違いない、神童君のものだ。あちゃー、と頭を抱え、とりあえず連絡しようと携帯電話を開いた。そういえば、メールアドレスも携帯電話番号も交換していたのに、一度もそれで交流したことがない。また緊張してきてしまった。アドレス帳、さ行、神童拓人。あとは発信するだけ。しかし、それが出来ない。私、手、震えちゃってるし。情けない。情けなさすぎる。腹、括らなきゃ。三回ほど押し損ねながらも、何とか発信した。無機質なコール音が一回、二回、三回。四回目の途中でコール音が切れた。

『みょうじ?』

思わず携帯電話を耳から離した。くすぐったくて恥ずかしい。だってまるで、耳元で囁かれているみたいじゃないか。せっかく少し落ち着いてきていたのに、心臓がまたばくばく言い始める。

『どうしたんだ?』
「それが、神童君、ペンケース忘れて行ってるみたいで」
『ペンケース?…ああ、本当だ。無いな。すまない、取りに行く』
「いいよ、私が届けに行くから。今どこ?」

恥ずかしさを堪えながら、何とか会話を続ける。ペンケースと薄手の上着を掴みながら返事を待っていると、神童君が小さく叫んだ。

『なっ、だ、駄目だ!暗い中女子を一人で歩かせるわけにはいかない、俺が戻る!』
「神童君?」
『すぐ戻るから、待ってろ』
「う、うん…分かった」
『前々から思ってたんだ、みょうじは危機感が足りなさすぎる。大荷物抱えてふらふら階段下りるし、夜道を一人で歩こうとするし、俺と二人きりになってもまるで警戒しないし』
「…え?」
『あ』

ざりざりとハイペースに刻まれていた足音が止まった。その後もあ、う、と言葉にならない言葉を漏らしていた神童君は、一分強でやっと我に返ってぼそぼそ話し始める。

『…すまない、ペンケース、明日、学校に持ってきてくれないか』
「わ、分かっ、た」
『本当にごめんな。また、明日』

ぷつん。
頭が重い。熱過ぎて熱過ぎて、心臓どころか私自身がもう爆発してしまいそうだ。


無機物越しの吐息に熱を感じた
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