俺となまえとの再会は、何というか、ドラマかってくらいにありがちなパターンだった。 偶然同じ電車に乗っていて、声を掛けてきたのは向こう。ぼんやりと扉の前で流れていく町並みを見るともなく見ていたら指先だけで右肘の上あたりをとんとんと控えめに叩かれ、間違ってたらごめんなさい、と、変なところでビビる彼女らしい前置きをしてから、もしかして一哉?って。FFI以来ずっと会っていなかった、大切な幼馴染みのひとり。しかし数年前の俺達の別れは中々に悲惨だった。なんてったって俺はなまえではなく秋を選んだのだから。要するにフったのだ(結局俺も秋にはフられたのだが)。いっそ泣いてくれたほうが気が楽になるというくらいに真っ白で、切なそうで、思い出すだけで心臓の真ん中あたりが突き刺されたように痛む苦しげな笑顔。それが、俺の見た最後のなまえだった。 「えっと、ひさしぶり」 「あ、うん。ひさしぶり」 「一哉、もう体調いいの?」 「体調?あー…まさか、まだ覚えていたとはね」 「そんなのはいいから」 「分かった分かった、言うから。元気だよ。立派に大学生やってます」 「そっか。ならよかった」 自然と会話が続いていく。幼馴染みだからこそ成せるの技なのか、なまえが頑張って話題を作ってくれているのか、数年の間に聞きたいことが溜まっていっていたのか。どれにしろ、沈黙が続くよりはありがたい展開。 「なまえは今、どこに住んでるの?」 「それがね、帝国学園のすぐ近くにあるマンションなの。何か変な気分」 「へえ、大変だね。雷門中卒業生さん」 大変だよ、と笑うなまえは、決して不幸になんて見えやしない。むしろ人並みの幸せは満喫しているように見える。数年前に自分をフった相手に見せているとは思えないくらいの笑顔だ。正直少し安心した。 「そうだ一哉、メアド教えようか」 「メアド?」 「あの時に変えちゃったから」 「…うん」 これだ。これこそ、フられた相手に見せるべき顔。でもなまえはすぐに気を取り直し、バッグに手を突っ込んだ。 「…あ、駄目だ。ここ電車だったね」 「んー、赤外線は分からないけど、マナーモードならメールくらい大丈夫なんじゃない?優先席も近くないし」 「携帯電話を使うこと自体気が引けるの」 なまえは出しかけた携帯電話をまた仕舞い込み、代わりに手帳とボールペンを取り出した。 「うわ、無理、ブレちゃう」 「そりゃそうだよ。どこで降りるの?」 「ええと…この次」 「だろうね、俺も。夕食まだでしょ?」 「…あれっ。まさか食事に誘ってる?」 「そのまさかだよ」 再開の記念に、と久々に格好つけた台詞を添えると、なまえは唇を結び、仕方無さそうだけど嬉しそうな、何とも微妙な表情で頷いた。 * * * 「一哉」 「なに?」 「マックってどういうことよ」 「駄目だったかな」 「…まあ、別にいいんだけどね」 どうやらご不満な様子。でも問答無用で引っ張り込んだ。洒落たところに連れていって奢るなんて言った方が彼女はよっぽど機嫌を損ねる。 「何にする?」 「私はやっぱチーズかなあ」 「成長してないね」 「変わってないの間違いでしょ」 拗ねるように軽く睨んでくるなまえ。あれ、どうしよう、すごく可愛い。もしかして俺、今更なまえのこと、…いや落ち着け。 「そういう一哉は?」 「ああ、えーと、とりあえずシェイクと、」 「そっちこそ成長してないじゃん」 「可愛げがあっていいだろ?」 「はいはい」 今度は呆れと楽しさが混ざったような笑顔。広がった身長差の分だけ遠くなっているはずなのに昔より近く感じるのは、長い間会っていなかったからだろうか。 「まあ、そういうところも好きだったんだけどね」 「あーあ、ついに過去形かあ」 「フったのは一哉でしょ」 「まあ、そうなんだけどさ。ほら、順番来たよ」 「あ、うん」 見覚えのある、変わらない可愛い足取り。落ち着け俺、落ち着け心臓。確かに秋のことはもうすっぱり諦めたけど、だからってフった相手を今になって、だなんて。最低過ぎるだろう。なまえの想いだってもう過去形じゃないか。落ち着け。 * * * 「なまえってまだコーヒー飲めないんだね」 「前にね、もう大人になったんだ、いける!って思ったんだけど、駄目だったの」 なまえの家まで歩く道筋、恐らく二十分とかからない長さだ。帝国には何度か訪れた事があるから、なんとなく分かる。なまえのメアドと電話番号が新たに入り込んだ愛用の携帯電話を、こっそりとポケットの中で握ってみたり。いつもと何かが違う気がしたが、何が違うのかは分からなかった。全く同じ機種なのに、他人のもののような、新品のような。そんな感じ。 「一哉は?もうオリーブ食べれるようになった?」 「まあね」 「あー、成長してやがるな」 「そりゃあ変わるものだってあるよ。なまえもそうでしょ?」 「もちろん。だって私、高校のとき、あんなにダメダメだった数学のテストで満点とったこともあるし、トマトなら食べれるようになった」 そりゃすごいね、と言うと、心がこもってない、と笑われた。笑い方まで、ほんのちょっと大人びている。気がつくと懐かしい大層な建物が見えてきた。肝試しにはもってこいかもしれない、暗くて何か出そうな雰囲気。昼間でも結構怖いからなあ、帝国は。 「でもね、10歳のころから変わってないものもあるんだよ」 「なに?サッカー?」 「サッカーは7歳から」 ぱたぱたと小走りで離れていくなまえ。追いかけようとしたらぴたりと立ち止まり、何事かと思っていたら、彼女は振り返って大きく息を吸った。 あの日の僕は無色の君を染めてしまう勇気なんて無かったんだ |