本家あつや→敦也 人格あつや→アツヤ 俺はずっと思っていた。士郎の弟になりたい、と。でも俺は所詮ただの人格でしかない。士郎の中に生まれた、敦也を象ったアツヤだ。それが悔しくて悲しくて苦しくて仕方が無かった。敦也の記憶は俺の脳内にもはっきり刻まれているがそれは俺が敦也であった証明にはならず、アツヤに埋め込まれた単なる情報に過ぎないのかもしれない。そんな俺にさえ優しく接してくれたのがなまえだ。なまえは士郎と敦也の幼馴染みで、アツヤとの関係は俺にもよく分かっていない。はっきりと理解出来るのは、なまえは俺と敦也を別扱いしていることだけ。それが俺にとって嬉しいことなのか悲しいことなのかは分からない、ただその扱いに違和感は無かった。 俺の存在が士郎を苦しめているのは充分に理解している。でも、俺にはどうしようもなかった。まるでそれが運命とでも言うように、俺はただ士郎を苦しめていた。俺だって士郎のために何かをしたいと思っている、支えたいと思っている。なのに、何もできない。まるで俺の中に、アツヤの中に違う人格が生まれたような感覚だ。俺はその人格がひたすら恐ろしく、そんな思いを俺自身が士郎にさせてしまっていると考えると、締めつけられるように心臓の奥が痛くなった。 * * * 「ごめん、士郎」 ジェネシスとの決戦直前。最後の最後まで結局まともに練習もできずベンチスタートとなる僕に、なまえちゃんが俯きながら話し掛けて来た。 「士郎が辛いのはよく分かってる。でも少しだけ、ほんの少しでもいいから、アツヤと代わってくれないかな」 正直かなり驚いた。なまえちゃんは僕とアツヤをはっきりと区別していて(だから『アツヤになって』ではなく『アツヤと代わって』)、士郎としての僕も必要としてくれていた。そんな彼女が初めて代われと言ったのだから、驚かない筈が無い。 最初は迷った。何かが崩れる気がして怖かった。でもなまえちゃんの目はひたすら真っ直ぐで、この目を、こんな目をしているなまえちゃんを信じよう。自然とそう思えた。見守ってあげるのだって、同じ身を分ける僕の──お兄ちゃんの、役目だ。 * * * 「何だよ、いきなり」 なまえが俺と士郎の入れ代わりを望むなんて信じられなかった。今回みたいに士郎に代われと言ったことは無かったし、逆もしかりだ。なまえは士郎を大切にしてきたし、俺にだって優しかった。 「分かってるでしょ」 開口一番、なまえは意味の分からない言葉を発した。 「何の話だ」 「居なくなることが」 もうすぐ自分は居なくなる、そう気付いているでしょ。そう言ったなまえに、俺は驚愕した。俺の思考を見抜かれたことではない。俺が居なくなることそのものに気付かれたことに驚いた。確かにうっすら分かってはいるんだ。消える、居なくなる。吹雪アツヤは、吹雪敦也と同じように、死ぬ。人格が死ぬなんておかしい話だが、何故か消滅よりも死のほうがしっくりとくる。そんなことを考えている間になまえが手を伸ばしてきて、気付けば何故か撫でられていた。 「偉い。偉いよアツヤは」 柔く微笑みながら撫で続けるなまえはどこか切なそうで、俺は黙ってされるがままに突っ立っていた。情けない。 「自分自身も辛かったのに、一人で抱え込んでる士郎のためにってアツヤまで色々考え込んで、自分がどう思われようがひたすら我慢して」 なまえは、それ以上のことは何も言わなかった。俺の頭を撫でていた手が下ろされ、その指で自分の目を擦っている。なまえは泣いていた。 「消えるのは俺だ、士郎でもなまえでもない。泣くなよ」 「だからこそ泣いてんの」 真っ赤になった目で俺を見据えたなまえは笑っていて、最後にお願い、そう前置きしてから口を開いた。 「おでこでも手でもいいから、キスしてくれない?」 目だけではなく頬や耳まで赤くなったなまえは下を向いて指先を眺めている。最後くらい許してくれよな、俺が消えた後はお前に任せるから。そう心で士郎に──兄貴に謝ってから、なまえの唇に一度だけ強く口付けた。 |