「なまえ、話があるんだ。」なに?「驚くかもしれないけどさ、」勿体ぶらないでよ。「ああ…うん。ええと…別れてくれないか?」…は?どうしたの、四月終わってるよ?「嘘じゃない。」何、何それ、ごめんよく分かんない。嘘でしょ?「本当。」嘘だよ、だって、…だって、「本当なんだ。今までありがとう、な。」ちょっと、まるで最後みたいなこと言わないでよ。あ、もしかしてこの前可愛いって連呼したのまだ怒ってるんでしょ。その仕返しでしょ。「もう怒ってない。仕返しでもない。」じゃあ何だっていうの、「本当の本当に別れたい。」だからそれ嘘でしょ?嘘嘘。「疲れたんだよ。」嘘でしょ。「ごめん。」嘘でしょ。意味分かんない。私が馬鹿なだけ?いや、あ、分かった、まだネタばらししたくないんでしょ。ねえどこ行くの、そんな遠くからじゃ嘘だよばーか大好きだ!って叫んでくれたって聞こえないよ?私腰抜けちゃった、だから一郎太がこっちに来て、ねえ、


 * * *


「…ぅうえ」

じりじりと無機質な音がする。汗と涙で体内がすっかり乾ききってしまったような感じだ。なのに体面はベタベタする。気持ち悪い。さっさとシャワーでも浴びて、すっきりしよう。うじうじするのは私らしくない。百人一首のように目覚まし時計を弾き飛ばすと、がしゃんと痛々しい音がした。買い換えなくちゃ。…やっぱ面倒臭いから、明日からは携帯電話のアラーム機能でいいかな。いや、もう、むしろ起きなくたって、いいかな。

「どうしたんだよなまえ。朝から荒れてるな」

ああついには幻聴かと頭を抱える。何なんだ、何なんだ。うじうじしないんじゃなかったのか。最悪だ。未練ったらしいなあと思いつつ振り返ると、ゆらゆら揺れるカーテンと…幻覚まで出たか!

「消えてくれないっすか」
「えっお前…そんな低血圧だったか?」

起きるまでは長いけど寝覚めはいい奴だったろ、と苦笑いを零すこの男はどこからどう見ても風丸一郎太だ。少女漫画のような家どころか部屋が隣り合わせで窓まで向かい合っている、という設定を存分に活用している。

「すごい音がしたから、久々に窓から来ちまったよ。お前、目覚まし飛ばしたのか」
「んー、うん?」
「何だその曖昧な、え、うぁ、どうした」

どうしたもこうしたも無い。何故昨日盛大にフった私の部屋に侵入してきているんだ。わけがわからない、わからない。気付けば涸れていたはずの涙がまたぽたぽたと零れていた。

「すまん、いきなり来て驚かせたよな。ごめんな」
「違う、違う違うちがう」
「違うって…じゃあ嫌な夢でも見たのか?」
「夢?夢、ゆめ…あああああ!!」

夢オチ…夢オチか、夢オチ!
それなら全部辻褄が合う。昨日あったことは昨日ではなく夢の中であったこと、つまり一郎太は私をフっていない、嫌いになっていない!

「うわああばかろうたぁあああ」
「な、おいなまえ待て、状況がいまいち理解出来ないんだが…やっぱり嫌な夢見たのか?」
「見たよ、もう、死んじゃうんじゃないかってくらい嫌な夢」

残り少ない水分が更に抜けていく。一郎太はそれを自らの右手の親指で拭いながら、左手を私の腰に伸ばした。手付きが優しくて安心する。

「怖かったのか?」
「ううん。悲しかった」
「どんな夢か、…は、まだ話したくないよな」
「話す」
「話すのかよ」

大分落ち着き、涙は何とか止まった。一回だけ鼻を啜って、ゆっくり深呼吸。

「いちろうたに…フられる夢、でした」

簡素だが、それ以外に何もない夢だった。ごめんなって、本当に申し訳なさそうな、それでいてどこか肩の荷が下りたような。そんな表情を今でもはっきりと思い出せる。

「…ぷ」

しかし現実の一郎太は、うつむいてふるふると肩を震わせながら笑っていた。何がおかしいと言うんだ、私は至極真面目に悩み悲しんだというのに。失礼なやつである。

「いや、ちょっと、マジかよ」
「マジですけど」
「はー…ありえねえ。何だよこのシンクロ」
「シンクロ?」
「俺も、なまえにフられる夢見たんだ。俺はすぐ夢だって気付いたがな」

お前みたいに馬鹿じゃねーよ、と付け加えて音もなく私と額を合わせてくる。長い水色の髪と閉じられた目を縁取る睫毛、形のいい唇。パーツのひとつひとつはこんなに可愛らしいのに、組み合わせると、ちゃんと男の子の顔だ。

「照れてるし」
「照れてないし」
「珍しいな、いつもはこれくらいの距離なら平気そうだったのに」
「うるさいうるさい」
「もしかして、フられた夢見た直後だからか?」
「うるさいってば」
「心配しなくても、ウザがられたって一生付きまとってやるよ」

だから安心しろ、と優しく微笑むのはいいが、ていうかめちゃくちゃときめいたが、この距離でぺらぺら喋られるとかなり息がかかる。くそっ、爽やかな香り振りまきやがって。落ち着く香りだけど、今は腹が立つ。

「なまえ」
「今度は何」
「好きだ」
「…な」
「おお、面白いくらい赤くなる」
「面白がる、」

な、と最後まで言おうとしたが言えなかった。ドラマの中でもよくあることだ、キスで言葉を遮るというのは。しかし遮られたはいいものの、離れない。離れる気配がない。咄嗟に閉じた目をうっすら開けると、きらきらした瞳と目が合った。おいおい開けとくなよと思う間もなくそれは細められ、

「まだ朝だが、まあ、いいか。日曜だし」

よくねーよ、何する気だよ!

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