「風丸くんって、人のことしっかり見てるよね」
「確かに!誰かが体調悪い時とか、一番に気付いて声掛けてるっ」
「ねーっ」

どこからどう見ても次の授業の予習をしている俺にこんなどうでもいい話をしてくるお前らは人のことをまるで見ていないがな、なんて思いながら愛想笑いを浮かべた。それに、友人の顔色が悪いなと何となく思って話しかけたら本当にそうだった、というのが数回あっただけだ。そこを褒められても微妙な気しかしない。

「そろそろ授業始まるし、席戻った方がいいんじゃないか?」
「えー、いいじゃんいいじゃん」
「次社会だぞ?あの先生うるさいし」
「…言われてみれば」
「じゃ、後でね」

後でねって、また来るのかよ。勘弁してくれ。それに「あたしたちの心配までしてくれたよ」「優しーい」とか言っているが、単にさっさと帰らせて予習したいだけだからな。愛想振り撒いてるのは自覚しているが、俺のことを美化しすぎじゃないだろうか。辟易、溜め息。

「あの、かぜまるくん」

斜め後ろからふと小さな声が聞こえた。反射的ににやけそうになった顔をなるべく緩めないように気を張りながら振り向く。

「何だ?みょうじ」
「えっと、勉強してる時にごめんね。先生が社会係は資料集運ぶの手伝え、って」
「ああ、分かった」

本物の、自前の笑顔を浮かべながら席を立つ。みょうじはあの女子達とは比べ物にならないくらい気遣いができるし、優しいし、可愛い。俺のみょうじへの感情は、もう恋すら超えているのではないだろうか。この感情はきっとどこの国の言葉を使っても表現できない。

「伝えてくれてありがとな」

彼女の頭に手を乗せると、みょうじは照れくさそうにはにかんだ。ああ、やっぱり可愛い。


 * * *


「風丸って凄いよなあ」

特に美味しそうでも不味そうでもなく、淡々と給食を口に運びながらの半田のセリフ。何だいきなり。

「いや、みょうじの声に一発で気付いてたからさ」
「偶然だろ」

みょうじの声を聞き逃すなんて馬鹿なまねするわけがない、なんてさすがに言えないよなと心中で苦笑いしながら、どちらかと言えば不味い方に入るサラダへと箸を伸ばす。小学生の頃から何度も食べて来たが、相変わらず味付けが酷い。

「みょうじってさあ、よくよく聞くと結構綺麗な声してるし、あんなボソボソ喋るのもったいないと思わないか?」

ばき。

「…はは、またやっちゃったよ」
「あーあ、もう週一で箸折ってるじゃんか」
「そうだな。明日から割り箸持ってくることにするよ」

ほとんど食べ終わった後でよかった、と内心ほっと息を吐く。最初に折った時は何が何だか分からなかったが、前回──四回目にして、ようやく気付いた。みょうじだ。誰かがみょうじを褒めると、手に力が入る。それくらいみょうじが好き、ということなのだろうか。まあ、それ以外考えられないよな。


 * * *


「ねえねえ、風丸くんって好きな人とか居る?」

今日も今日とて無遠慮な女子達が馴々しく問い掛けてきた。香水臭くて吐き気がする。みょうじはあんなに自然で落ち着く香りなのに。

「ああ。居るよ」

お前らとは違って、清楚で落ち着きのある女の子だ。…とまでは言わない。それよりみょうじの話をしていたら、彼女に会いたくなってきた。みょうじは昼休みになると、いつも別クラスの友人に会いに行ったり、図書室に行ったりしている。後者は利用者の時もあれば委員の時もあり、みょうじがカウンターを担当する曜日に興味を持った短編集を借りに行くと、「それ、私も読んだことがあるの。その作者さん、私のお気に入りなんだ」と言われた。それこそ花のような、いや、花なんて軽く超えるような笑顔だった。

「居たんだ居たんだ、好きな人!ねえ、ヒントちょうだい!」

みょうじとのしあわせな記憶に浸っていたところを、思いっきり邪魔された。思わず舌打ちをしそうになったが、ぐっと堪える。

「ヒントか…。少しどじなところがあるな」

歴史の授業なのに地理の教科書を持ってきたり、小テストに一年の時のクラスと番号を書いてしまったり。先生にみょうじはまだ一年生なのか?と面白半分に聞かれたときのあの恥ずかしそうな顔は今でも忘れられない。だがこの女子二人は、まるで見当違いな話を進めていく。

「ねえ、もしかしたら、もしかするんじゃない?」
「ええー、そんなワケ無いよお」
「だってあんた、この前配布プリント床にぶちまけてたじゃん」

二人からしたら隠しているつもりなのかもしれないが、完全に丸聞こえだ。何を自惚れているというのだろう。

「俺、ちょっと用があるから」
「そうなの?」
「うえー、残念」

俺は残念じゃあないけどなと思いながら、「絶対脈アリだって、告りなよ!」なんて会話を続ける女子二人に背を向ける。適当な出任せを言って出て来ただけな俺はふらふら廊下を歩きながら、今日の部活のメニューは何だったかなとぼんやり思い出していた。たしか全員のキック力を云々って鬼道が言ってたな。…さて、暇だ。こんなときは考え事をするに限る。みょうじのこととか、みょうじのこととか。


 * * *


最近、みょうじの噂話をよく耳にする。少し前も「前髪で見えにくいけど意外と美人」みたいな話はちらほら聞いていたが(その度に所持物を壊したのは言うまでもない)、今回は全てが、所謂「悪口」だ。もちろんそれはみょうじ本人の耳にも届く。

「みょうじ」

屋上でぼんやりしていた彼女に声を掛けた。怯えるような必要以上の反応をされ、それほど誰かから話し掛けられることが無くなっているというのが分かる。

「上靴は?」
「え、あ…洗おうと思って持って帰ったんだけど、今朝、玄関に忘れてきちゃって」

ぎこちない笑顔。単に久々に同級生と話したからというのもありそうだが、彼女のセリフには嘘があった。上靴を捨てるなんていうのは、漫画の世界にもよくある、テンプレートでありがちな嫌がらせのひとつである。

「なあみょうじ、泣きたい時は泣いた方がいいんだぞ」
「なにそれ意味わかんないよ」
「要するに我慢するなって言ってるんだ」

みょうじの頭に手を乗せると、彼女は俯いて黙り込んでしまった。ゆっくりと撫でた髪は毛先が荒れている。ストレスで手入れを怠ったのか、それとも直接影響したのか。

「俺は、みょうじの味方だから」

息を飲むような声。ちらりと見上げてきた瞳は潤んでいた。安心の可能性もあるが、不安や恐怖も確かに見え隠れしている。

「嘘だとか騙してるとかそういう風に思ってるのかもしれないし、別にそれでもいい。ただ、俺は何があってもみょうじを信じてる。それだけは知っておいてほしかったんだ」

抱き締めても、腕に力を込めても、抵抗はされない。みょうじの体は見た目通りに小さいとも、見た目以上に小さいとも言えた。小さくて、弱くて、なのに強がる。

「ごめん、ごめんね」
「何でお前が謝らなくちゃいけないんだよ。みょうじは悪くない。悪いのは、」

全部全部俺だ。そうは言わなかった。
みょうじの悪い噂を流したのは、紛うこと無く俺。と言っても、「少し苦手だな」程度のものだ。しかし「あの人当たりのいい風丸が苦手とするなんて、きっととんでもない奴なのだろう」と勝手に尾ひれがついていったのだ。おかげでみょうじの味方はぐっと減っていった。孤立させれば嫉妬しなくて済むし、弱っているところに付け込めば、彼女を手に入れることなんて容易いことだと思っての行動である。

「俺でよかったら、みょうじを守らせてくれないか」

彼女が小さく頷いた。俺の恋愛には、拘束具も鍵もいらない。ただちょっとしたひらめきと偶然と、確かな愛さえあれば、世界は思い通りに廻る。廻すことができる。これでみょうじは俺のもの、まさに計画通りと言えよう。

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