Valentine2012 | ナノ
 

弱めの力で体操着入れを抱き締める。と言っても、今この中に入っているのは体操着ではない。昨日作ったカップケーキだ。二つずつに分けてラッピングしてある。全部片方はチョコで、もう片方はランダムというかたちにした。プレーンと抹茶とストロベリー。あげる相手は、甘いものをたくさん食べたいがためにわざわざ要求してきた涼野先輩と、偶然近くに居てじゃあ俺も、と便乗しやが…おっと。便乗なさった南雲先輩と、いつも面倒を見てくれる杏先輩と、一方的に憧れている八神先輩と、友人勢は愛とルルと華。そして、密かに八神先輩とは別の意味で憧れている、会長こと基山ヒロト先輩。生徒会で書記を務める私は、日々一緒に活動するうちに少しずつ会長に惹かれていき、気がつけばもうメロメロである。お恥ずかしい。ちなみに涼野先輩と杏先輩も生徒会役員だ。涼野先輩が副会長で、杏先輩が会計。もう一人、凍地先輩という愛のお兄さんも副会長なのだが、愛が「甘いモノ大っ嫌いだから渡さない方がいーよ。ていうかバレンタインにトラウマあんの」と教えてくれたから何もナシ。綺麗な顔立ちをしているから、きっと過度な愛(妹ではなくLOVEの方)の餌食になったのだろう。気の毒に。

と、いうわけで、「朝登校して来たら生徒会室で待ってろ」と涼野先輩に言い渡されていた私は、八つのプレゼントを抱えて待機しているわけだ。遅れたら怒られそうだと思い、ちょっと早めに来た。はあ、寒い。けど暖房を入れるわけにもいかない。
がちゃり。

「ひぃ」
「あれ、みょうじさん?」

ぼやっとしていた時にいきなりドアが開いたもんだから、ビビってしまった。眼鏡の奥でちょっと目を見開いているのは涼野先輩ではない。

「鍵が開いてたから、また風介が二度寝しに来てたのかと思ったよ。晴矢より遅く起きるのが癪だって言って、わざわざ早起きしてよくここで寝てるんだ」

朝弱いくせによくやるよねぇ、と自分専用の生徒会室の鍵を右手で弄びながら足でドアを閉めたのは、他でもなく基山ヒロト会長だ。いつも上品に振る舞っているのに、たまにこういう雑なことをするからキュンとす…いやいやそれどころじゃない。

「みょうじさんは何してたの?」

茶化すように二度寝?と付け加えた会長に向かってぶんぶんと首を振る。もちろん横に。

「涼野先輩に渡すものがあって。ここで待ってろって言われたんです」
「渡すものって何だい?」
「何ってバレンタインなんですから、」

ここまで言った後でさっと血の気が引いた。やばい、会長が会長の目をしている。ええと、分かりやすく言えば、生徒会の仕事をする時の目だ。

「へえ、甘い香りがすると思ったら。生徒会役員である君が生徒会役員に校則で持ち込み禁止になっているお菓子を渡すために生徒会室で待っていたことを生徒会長に言っちゃうなんて。存外度胸のある子だったんだね」

にっこり。綺麗な笑顔。しかし背後からちらちら見える黒いオーラがその笑顔を恐ろしいものへと変貌させている。なんて単純なことに気付けなかったんだ。

「罰則は何がいいかなあ。二千字くらいの反省文?いや、体育倉庫の掃除でもいいな」
「か、会長…」
「そんな顔しても違反は違反。今回だけ見逃してあげる、なんて言ってあげられるほどお人好しじゃないよ、俺は」

定位置である窓際の椅子を引いて浅く腰掛けた会長の両目には、明朝体で本気と書いてある。あからさまにビビる私を見てくつくつと喉の奥を鳴らし、思案顔と笑みを器用に組み合わせた。何笑ってるんですか。そりゃサドっ気のある会長は楽しいでしょうけど。

「うーん、でも、そうだなあ。会長権限をフル活用したくなっちゃうくらいの利己主義者でもあるからね。どうしようかな」
「会長権限って、何する気ですか」
「秘密。考え中だよ」

微笑んだまま両瞼を下ろし頬杖をついている姿も絵になるが、幽霊屋敷の絵画の目が自分の姿を追っていると気付いた迷い人レベルで逃げ出したくてたまらない。会長は罰則時に一切容赦しないのだ。反省文二千字だってざっと読んで笑顔で「やり直し」なんて言うし、掃除なんてどこの姑だと思うほど実家に帰りたくなるような笑顔で「埃一つ残すなって言ったよね?」だ。おかげで校則違反者数は右肩下がりだが、逆に罰則を受けている生徒の姿を目にしなくなった私は気が緩んでしまい、で、今に至ると。

「ねえみょうじさん」
「はひぃっ!」

もはや今の私はミスした直後に断頭台を目の当たりにした傍若無人王に仕える下級兵士だ。刎ねられる。王の気分で生死が決まる。

「チョコ、風介以外には誰にあげるんだい?そのバッグの中全部違反物でしょ?」
「あ、ちちチョコじゃないんですけ、い、いや言い逃れじゃないですあの、これはカップケーキでして」
「だ、れ、に、あげるのかな?」

やばい、会長超楽しそう。イライラされるよりよっぽどたちが悪いってもんだ。冷静に涼しい顔をしている会長、冷や汗ダラダラで心の天気がブリザードな私。帰りたい。

「なっ南雲先輩と、杏先輩と、と、友達三人と」
「と?」
「や、八神先輩、という方…と…」

やばい、嘘は絶対見抜かれる。会長の観察眼と勘をナメてかかると痛い目を見る、なんて分かりきったことだ。腹を括って会長ですって、さっさと言っちゃうべきだろうか。

「八神?って、玲名?」

あれ、何か食いついてきた。会長は全校生徒の名前を把握しているけど、今の言い方だと知り合いっぽいニュアンスだ。意外や意外。八神先輩って、たしか会長みたいになよっちい優男(実際はなよなよしくも優男って言うほど優しくもない芯のある屈強なサドだけど)は嫌いだったはず。いや、その芯を知ってるくらい親しいってことか?一体私はどっちを羨めばいいんだ。

「彼女とは旧知の仲って言うのかな。昨日も蹴られそうになったよ」

八神先輩の蹴りを避けるとは、さすがだ。中学時代にFFIに優勝したというだけはある。決勝戦でもゴールを決めていたし(当時は真面目に見ていなかったけど杏先輩が面白半分に録画DVDを見せてくれた)。そういえば中学時代は裸眼だったみたいなんだよなあ。顔つきも今と比べたらちょっと幼かったし、男は高校から変わるってよく言うけど、そう間違いでもないらしい。

「それはさておき、まだ居るんじゃないの?」
「う、」

話が反れて忘れてくれたかと思ったのに、やはりそう簡単にはいかなかったか。

「あー…ええとですね」
「うん」
「あの、ですね。ええと」
「うん。俺?」
「あっはいそうで…」

あれっ。

「いやあ、まさか俺にまでくれようとしてたなんて。嬉しいな」
「えっあの、会長、」
「ね、みょうじさん。俺に頂戴?」

頂戴、って、どういうことですか。普通に自分の分をくれ?それとも没収?うん、1:9で後者だな。ごめんなさい涼野先輩、糖分は自分で確保してください。

「ハズレの当たりってところかな。没収とはちょっと違うよ」
「…はい?」
「だから、個人的に、全部俺に頂戴?そしたら会長として見逃してあげるよ」

悪い話じゃないでしょ、と最上級のウインクを飛ばす会長。何か裏がある気しかしない。けど、これにノーと言った方がよろしくない展開になるだろう。ここは賭けてみるしかなさそうだ。

「…分かりました」
「よろしい」

無邪気に笑う会長があまりにも可愛くて、何か、どうでもよくなってきた。自暴自棄とはちょっと違うが、もう好きにしてください。

「でも、次違反したら反省文七千字を生徒総会で読み上げてもらうからね。あと生徒会室掃除と美術室掃除と、体育祭用の大道具の修繕と…そうだ、楽器も綺麗にしてもらおうかな。ついでに俺の仕事も一ヶ月くらい手伝わせるから、そのつもりで」

まさかこの人、上手く誘導してわざと違反させる気じゃなかろうか。



 
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