Valentine2012 | ナノ
 


幼い頃から、なまえはバレンタインの度に俺と神童にあれやこれやと様々なものを作ってきた。小さいデコレーションケーキを半分ずつ(何故チョコクリームじゃなかったのかは謎)とか、カスタードプリン(これまたチョコのチの字も無かったが美味かった)とか。お菓子じゃなくストラップだった時もあり、フェルトを縫って作った猫のマスコットを見て神童が嬉しそうにしていたのをよく覚えている。あいつ本当猫好きだな。
それはともかく、毎年なまえは両手に全く同じものが入った箱やら袋やらを抱えて、同じように渡してきたわけだ。それをちょっと不満に思い始めたのはいつからだろう。たしか小5か小6だった気がする。理由は簡単、俺がなまえに惚れたってだけ。しかし俺は良く言えばほいほい好きだ何だと言えるほど軽くはなく悪く言えばただのビビリで、進展もへったくれも無いまま気がつけば中学生になって二回目の冬の山場を迎えていた。

にこにこと嬉しそうな顔をした母親(俺のチョコを待ちわびているだけ)にいってきます、と定例句。昨夜はつい流し見していた映画のラストが気になって結局見届けてしまい、今現在つけが回ってきている。瞼も体も重い。あくびついでにマフラーを少し上げると、うっすら白んだ息が見えた。前を歩く女子の足が寒々しい。見てるこっちが冷えるからスカートを下げてタイツを穿いてくれ、頼む。この時期一番目に優しいのは山菜と、あとやたら着込む浜野となまえだ。ちなみに瀬戸はスカートが長いだけで上が結構薄着だからあまり直視できない。体感温度が下がる。

「よーっす、猫背んなってるぞー霧野っ」

軽いのか強いのか、どっちつかずな勢いで背を叩かれた。なんとなく億劫に思いながらも振り向くと、袖口から分厚いセーターを覗かせた浜野が向日葵とハイビスカスを足したような笑顔で速水を従えて、と思ったら倉間も居る。ちっさ。今更だけど。

「でもまあ寒いとなー、丸くなるよなぁ。速水はいつも丸いけど」
「上手いこと言った」
「そ、そんなに姿勢悪いですか?俺」

姿勢以前の問題だろ。ビビって縮こまってばっかって意味だ。…とは言わなかった。言ったところで何が変わるわけでもないだろう。何の気なしに大きめに息を吐くと、ふと倉間の手元に目が行った。

「何持ってんだ、倉間」
「にっひっひーっ。それさぁ、さっき女子が来…いって!」
「いちいちうっせえ」
「だからって蹴んなよぉ!」

ほう、バレンタインのプレゼントか。倉間はトゲこそ多いけれども根と容姿が良いから、密かに人気がある。それなりの数は余裕で貰えるだろう。からかっている浜野もムードメーカーキャラだし、速水はなんたら本能を云々ってなまえが言ってたし、このお二方も手ぶらで帰宅はありえないと思われる。

「そういう霧野はみょうじだろ」
「そーそー。意外とみょうじからの以外は突っ返したりして」
「ねーよ。土産が無いと親が拗ねる」
「で、みょうじからのだけは自分が頂く…と」
「浜野くんの中の霧野くんのイメージってどうなってるんですか…」

まったくだよ速水。大当たりだけど。甘いものは嫌いじゃないしむしろ食いたい気分になる日も多からず少なからずあるが、量が量だとさすがに手が伸びない。そういう人結構多いだろ、倉間も神童もこのタイプだ。ちなみに神童は去年安物チョコ(神童から見たらの話で俺からすればいつものおやつレベルより1ランク上程度)の美味さにちょっと感動していた。高級品には無い強い甘みがウケたのだろう。とは言えそれからしばらくは糖分から離れていたが、夏ごろ、ちょうどフィフスセクターに反旗を翻し始めたあたりに、スーパーで大量売りしてあるような王道板チョコをかじっていて密かに爆笑したのは秘密だ。

「今年は神童、どーすんだろーな」
「去年より増えてそうですよね」

言われてみれば。サッカー部はホーリーロードをバリバリ勝ち進んでいるし、神童自身が多少なりとも変わってきている。ファンが大幅に増えていてもおかしくない。頑張れ神童。

「お前も頑張るんだよ」

…倉間、それを言うな。


 * * *


どこかから怒られそうな感想を言うと、いやはや、毎年ご苦労なこった。まだ朝のSHRすら始まっていないのに、もう我が手中にはチョコが複数。申し訳ないが、俺は手の込んだ美味いチョコにも肌触りのいいマフラーにも動かされない。なまえのすみっこが焦げたクッキーとか不細工なお手製マスコットとかが一番好きなんだ。贔屓目アリアリだが、惚れた弱みみたいなアレがアレしてアレということでひとつ。

「ほい」

背後から何か伸びてきた。白い肌に細い指、形のいい爪、ピンク色のリボンがひっついた小箱。きたきた。

「今年はチーズケーキにしてみました」
「ん」

ありがとな、と付け加え、なまえから小箱を頂戴する。いい香り。いつもは中の下から中の上あたりを彷徨っていたが、これは贔屓目無しにマジで美味いかもしれない。帰ったら紅茶でも淹れて食べようか。いや、ここはあえてドリンク無しでいくか。悩み所だ。


 * * *


「悩み所だ」

青ざめた顔を机の上に乗せ、重々しい溜め息と共に肩を落とす神童。毎年毎年、こいつもこいつでご苦労なさっている。俺の幸せな悩みとは公民館の座布団と低反発枕くらいの差があるな。誰か一人くらい胃薬にリボンをかけてプレゼントしてくれた女子は居ないのか?

「居たら居たで嫌だろう」

そりゃそうだよな。そもそも神童は虚勢に虚勢を上乗せして澄まし顔しながら内心冷や汗と涙を流して右往左往するタイプだから、あまり親密ではない人達からクール扱いされても仕方がない。そんな頼りになるかっこいい神童サマに胃薬なんざ贈るやつが居たら驚きだ。

「そういやなまえ、今年はチーズケーキだってさ」
「本人から聞いたよ」

酸味があるから食べやすい、と言いながらもやはり神童は苦々しげな笑顔。頭抱えて半ノイローゼ状態になってまで貰ったチョコ全部食わなくたっていいだろうに。俺みたく一口ずつ食べて身内に流すのが、…おっと。神童はお坊ちゃんだったな。そもそも本人が食いきらないと納得しないだろうし。

「でも、珍しくないか?」
「珍しいって、何が?」
「なまえ。あまりにも自信満々に渡してきたから、上出来なんだろうなと思って中を覗いてみたんだ」
「何か変なオマケでもついてたのか?」
「いや、ケーキにチョコのプレートが乗せてあって…こう、星型の、薄いのが。あいつ、今までバレンタインにチョコ系統は一度もくれたこと無かっただろ?」

言われてみれば。気付けなかったことに不覚。結構本気で悔しいが、そこはもう割り切るしかない。…割り切るしかない。

「き、霧野…」
「何だ」
「いっ、いや、こわ…む、難しい顔をしていたから」

動物の扱いが下手くそな子供に鷲掴みにされた子猫の様子が脳裏をかすめた。なまえ共々、神童もある意味癒し系なやつである。仕方ないよな、うん。むしろ今後のなまえの様子は逐一俺が真っ先に読み取っていけばいい。そういうことにしておこう。自己満足万歳。


 * * *


倉間と脱線に脱線を重ねた四方山話をしたり影山をおちょくってけらけら笑っていた狩屋をしつけ…おっと。叱ったり、何やかんやしながら部活を終え、帰宅後、自室でひとり小箱と向き合う。早速開けてみると、ふわりと漂う食欲をそそる香り。本当だ。薄いチョコのプレートがクリームを座布団にちょこんと座っている。…待てよ。何だろう、何かが変だ。普通に美味しそうだが、何か潜んでいる気がしてしまう。神童は何て言ってたっけな…酸味、違う。自信満々、これも関係無い。チョコ、プレート、薄い、星型…星型?そうだ、神童は星型と言っていたはず。しかしこれは確実に星型ではない。逆さのしずくが二つくっついたような、そう、一言で表現するならば、まさしくハートそのもの。なまえさん、一体どういうことっすか。期待していいんすか。



 
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