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「んあー…さっむ」

暖房の効いた生徒会室を目指す私は大股で早歩きをしていた。ロードワークで鍛えられた脚力をナメてはいけない。宇宙科の授業そのものの成績はギリギリだが、身体能力ならトップクラスなのだ。昨日までは月子先輩みたくニーハイソックスだったが、短い隙間さえ冷たくなるのが嫌で今日からタイツに履き替えた足を動かし廊下を進む。「スカートの下にジャージだった中学時代よりはマシになったね」とは昨日の梓の言葉だが、それも当然だ。梓と同じく昔馴染な相手ながらも、一応彼氏ができたのだから。

「おじゃましまーす」

ノックだけをして、無許可かつ無遠慮に生徒会室の扉を開けた。足下からじわじわと暖房の熱を感じる。

「あれ、翼だけ?」
「俺だけじゃダメ?」
「ううん、お腹いっぱい」
「ならいいのだ」

にへっと笑った翼は握っていたマグカップを置いた。腕を広げ、今度はにっこり笑顔。私は翼の意を汲み、迷わず鞄を放り投げ翼の胸にダイブ。

「ぬはは、なまえ冷たいのだ」
「寒かったんだから仕方ないでしょぉー。あっためろ翼ぁっ!」
「ぬああああ!」

だるだるのセーターとシャツの下から、直に翼の背中に手を入れた。暖かい生徒会室で温かいドリンクを飲んでいたのだ、もちろん冷たいわけがない。ほあああ、と思わず変な声が出た。緩みっ放しの頬でだらしなく笑っている私とは逆に、翼は顔を青くして唸っている。

「うぬううううあああづづ冷たいいっ!」
「ざっまあみろぉ、私の苦しみを思い知るがいい!」

暴れる翼を逃がすまいと、更に強く手の平を押しつける。しばらく騒ぎながらわたわたしていると、いつの間にか手が温かさを取り戻していた。この辺にしておいてやろう、と翼の背から手を抜く。

「ぞわあーってしたんだぞ…」
「よかったねー私はまだ寒いんだけどー。なまえちゃん優しいから離してあげたよ」

手は温まったが、今だ体の芯は冷えを残している。私もお茶でも飲もうかと腰を上げると、ぐいっと押し戻された。犯人はきらきらと目を輝かせているこいつ。何事かと訝しげに見つめ返していると、いつになく優しい手つきで引き寄せられた。音も無く、しかし例えるならちゅっという感じ。要するに私はキスをされたわけだ。

「あったかくなったでしょ?」

自慢げに言い放つ翼を、今は直視できない。だってあれ、今の、ファーストキスじゃん。

「あったかい通り越してあついんだけど」

火照る顔を両頬で押さえるも、翼の体温で温まったばかりだから逆効果だ。爪先まで熱が伝わっているような気さえする。

「俺も、あつい」

今度は右手を掬われ、翼の左手と絡む。額と額を合わせられてむき出しのおでこから感じたのは、確かに熱だった。翼は耳まで真っ赤だ。多分、私も。

「なまえ」

二回目のキスは本当にちゅう、と音がして、恥ずかしさが膨れ上がった。なのに翼は何度も口付けてきて、離れたタイミングを狙い恥ずかしくないのかと問うと「ぬう、恥ずかしいけどなまえが可愛いから、えーと、うーん。分かんない」、と返される。

「つばさぁ…不知火先輩とか来たら、どうすんの」
「もちょっとだけ」

至近距離での会話にまた熱が上がる。おかげで敏感になったのか、小さな足音がはっきりと聞こえた。やばい。

「ちょっ、誰か来るよ」

全力で翼を押し離し、撫で回されてぼさぼさになった髪を撫で付けながら何食わぬ顔を浮かべたところで扉が開いた。柔和な笑みが顔を覗かせる。

「あれ、みょうじさんいらっしゃってたんですね」
「はあ、えと、はい。ははは」

笑みを深める青空先輩にぎこちなく相槌を打つ。やばい。ギリギリセーフ。

「二人とも顔が赤いですね、暖房の温度下げますか?」
「いや、あの、おおお気遣い無く!」

しまった、変なところが残ってた。…いや、気付いたところどうにかできる問題でもないか。でも不審に思われてはいないようでよかった、と胸を撫で下ろすと、翼がくいっと私の袖を引っ張った。青空先輩に聞かれないようにしたいのか、せっかく開けた距離を詰められわざわざ耳元で囁かれる。

「俺、なまえが大好き」

うひあっ、と奇声を発した私に驚いて振り向いた青空先輩に対し、翼は「今日のなまえおかしいんだぞ!」とけたけた笑った。


甘噛みされた恋心


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