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捏造設定



 赤司君の目はとても綺麗だ。右目は赤く、左目は色素が少し薄めで黄色く見える。とある出来事をきっかけに前髪が短くなり、そのつやつやとした双眼がよく目立つようになったのだが、この瞳には秘密があるのだ。別に伝説のなんちゃらが云々とか秘められしどうのこうのとかそういうのではない。ごくごく単純な話。



「こっち、もう見えないんだ」
 右手に箸を持ち左手の人差し指で左目を示しながら、ああペンを落としてしまった、くらいのノリでさらりとそう言われたのは、洛山高校の入学式を終えて一週間ほどの日の夕食中でのことだった。何故夕食を共にしていたのかというとこれも単純な話で、二人暮らしをしているからである。
 秀徳あたりなら余裕だと先生に言われ、じゃあそのへんかなあ、と思ったという話をした時の赤司君の驚いた表情を私は忘れない。そして彼は確認するように言ったのだ。洛山に来るんじゃないのか、と。彼が言うには、「オレが洛山に行くと言った時点でなまえも洛山に決めてくれたと思っていた」だそうで。赤司君は実に不思議な人である。その場でじゃあ洛山にする、と言ってしまった私も私だが、でもやはりその後二人暮らし前提で話を始める赤司君の方が不思議である。
「……はい?」
「だから、左目。見えないんだよ」
「……え?」
「なまえは耳が悪いのか? 僕ならどうとでもなるが……事実視界半分でも不自由は無いしな。だがなまえは不器用だろう? 五感がなってないと生きていけない」
「待っ、まって!」
 お椀を倒さない程度に前のめりになり、赤司君の目を覗き込む。右目は鮮やかな赤だ。しかし左は違う。右と比べると色素が薄く、室内灯の光を反射するその眼球はどう見てもオレンジというか、黄色、というか。私は普段赤司君に限らず誰かと目を合わせるのが苦手であるため、彼の目の変化に気付かなかった。
「……そうまじまじと見られると落ち着かないな」
 どこからどう見ても落ち着いているじゃないですか。
「なんだ、キスか? そういうのは食後にしてほしいな」
「そっ……いや、そうじゃなくて、そうじゃなくて!」
「ところで美味しいな、これ。味付けが僕好みになってきた。いい子だね」
「赤司君っ!」
「征十郎とは呼んでくれないのか?」
 次々と話題を変えてすり抜けていく赤司君はいつもの涼しい顔でもくもくと咀嚼を続ける。彼のどんなに小さなアドバイスも聞き逃さず少しでも好みに近付くようにと努力しているのだから、料理を褒められたのは素直に嬉しい。名前だって、恥ずかしいけどいつかは呼んでみたいと常々思っている。けれど今重要なのはそれらではない。何故彼はこんなに冷静でいられるのだ。
「不自由はないと言っただろう。バスケだって半分見えなくとも充分勝てる。片目だけだろうと、なまえも見えてるんだ」
「……でも……」
「なまえがそんな顔をする必要はない」
 いつになく優しい表情でそんなことを言われてしまうと、もう何も言えなくなってしまう。事実私はほぼ毎日ずっと彼と一緒に居たのに、彼の視界が狭まっていることに気付かなかった。責任転嫁というわけでもないが、赤司君はそれほど自然に生活できていたのだ。バスケでも何でも当たり前のように常勝。きっと彼は本当に不便だとは思っていない。
「明日はオムライスがいいな」
「……子供みたい」
「なら子供らしくゲームで勝負でもしてみるか?」
「それでも私、毎回負けちゃうからなあ」
 短く笑う赤司君の目はどちらもきれいに輝いている。今の話が本当かどうかは分からない。もしかしたら私をからかって遊んでいるのかもしれない。でも何にしろ赤司君はとても楽しそうだ。彼が気にしていないのなら、私が気に病む必要もないのだろう。私達の世界は、そういう風にできている。


明けない夜に乾杯しよう

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