私はとても単純で、ちょっとしたことですぐに落ち込んでしまう。例えば友達とのお喋りの途中に噛んでしまったりとか、鼻歌を誰かに聞かれてしまったりとか。そんなもの。でも逆にちょっとしたことで立ち直ることもできるから、特にネガティブというわけでもないと思う。テンションが上がったり下がったりでそれが面倒だけれど、大好きな人に「そういうところが面白い」なんて言われてしまっては、もう好きなだけ上がれ下がれー! なんて。そういうところも含めて実に単純。 そんな私の幸せモードへのスイッチのひとつは、数十円から数百円もあれば簡単に手に入る。実はこれもコンビニで買ったチープなもの。 「いただきまーす」 両手サイズの袋から指先でつまめるサイズの小袋を取り出して開き、まるっこい糖分を口に入れる。ここまで言えばもう分かるだろう。この子は我が愛しのキャンディ。私の幸せモードへのスイッチ第二位、甘いもの。 「ジン君も食べる?」 「今は遠慮しておく」 小難しいタイトルの本からキャンディ、そして私という順に視線を移し、口角をちょこっと上げて眉尻を下げる。私の幸せモードへのスイッチ第一位の海道ジン君。ちなみによく落ち込みモードへのスイッチにもなってしまうが、大抵の場合彼は悪くない。ジン君の前でドジっただとか、ジン君と話した内容を忘れてしまっただとか、だいたい自業自得だ。 「なまえはいつも甘いものを食べているイメージが強いな」 「いやいやそんな身に余るお言葉、お恥ずかしい……」 「……特別、褒めたつもりではなかったのだが」 「うん、だよね」 ギャグです、とあえて真顔で言うと、ジン君は上品に微笑んだ。彼の控え目な笑い声はたまにとても色気がある。落ち着きっぷりと冷静な言動も含め、まるで同い年とは思えない。 「きみは本当に面白いな」 「え、そう……でもないと思うけど、なあ。うん」 「いいや。僕にとっては充分おもしろ…」 そこまででせりふを止めたジン君は右手で髪(ちょうど白い部分だ)を触り、先ほどとは違う様子で眉尻を下げた。一度口を開けて、閉じ、また開く。 「……すまない。女性に対して面白い、というのは失礼だった」 「え……そんっ、そんなことないよ! 私、すごく嬉しい! ジン君が褒めてくれるなら、何でも! 何でも嬉しい! と言うか、あの、女性なんて私そんな大層なキャラじゃないし、気にしなくて大丈夫!」 前のめりになって必死に熱弁した直後にさっと血の気が引き、後悔した。前のめりはさすがに恥ずかしいし、熱くなり過ぎだ。なにやってるんだろう、私。ジン君もつやつやした綺麗な赤い目を見開いてしまっている。スローでもとの体勢に戻りながら、熱くなった顔を伏せる。あ、ほら、これ。これが落ち込みモード。 「……聞き捨てならないな」 「え」 「きみは女性だ。とても魅力的な女性だよ」 「え、あの」 「たとえ本人であろうと、なまえを侮辱するのは許さない」 数秒フリーズ。その後じわじわと恥ずかしさやら嬉しさやらが溢れ出し、もう火が出そうというか溶けそうというか今なら空も飛べそうというか逆に埋まりたいというか。幸福モードのようなものに突入した直後、今度は謎の状態に陥った。今日はいつも以上に心が忙しい。わけがわからなくなって、もう逃げ出してしまいたい。 「ずいぶん可愛い反応をするね」 「なっ……え、か、かっ、えっ」 ジン君は珍しくいたずらっ子のような子供っぽい笑みを浮かべているように見えたが、二秒以上見つめていたらいよいよ本当に爆発してしまいそうだから、ひたすら自分の手を眺める。そろそろ爪切らなきゃなあと思ったけど、そういえば昨日切った。混乱し過ぎだ。 「なまえ」 「は、はいっ!」 「キャンディ、ひとつ頂くよ」 私の視界にほどよい細さの手が入り込む。いつもよくあんなスピードで動くなあ、と不思議に思う魔法の指だ。腕をつたって視線を上げていくと、いつもの優しい微笑。でもやっぱり恥ずかしいから、すぐ横にずらす。 「……あ、味は? 色々ある、けど」 「何でも」 何でも、か。袋に手を突っ込み、わさわさと漁る。取り出すとぶどうのイラストが出てきた。 「はい」 ジン君の手のひらにキャンディを乗せようとした──途端、キャンディごと手を握られてしまった。彼は笑顔を崩さないまま。 「僕から目を逸らさないでくれないか」 「い、まは……無理っぽい、です」 「そうか。なら閉じて」 私の手を握っていない方の手の親指が瞼を撫でた。優しい手つきに少しだけ眠くなったが、羞恥心ですぐ目が冴える。よく鈍感だ何だと言われる私でも、この状況で何をされるかなんていうのはさすがに予想できた。案の定、恥ずかしいが大正解。ジン君は意外と積極的だからキスというのは何度か経験しているが、慣れる気配はこれっぽっちも無い。ちなみにさっきので6回目。この数が多いのか少ないのかは知らないけど、私にとっては充分多い。 「きみの手はあたたかいな。安心する」 相槌を打とうかと思ったが、できなかった。こんな近距離で声を出してしまってはジン君に息がかかってしまう、と言うか、もう彼の吐息がくすぐったくてそれどころではない。 「手にキスでもしてみようか」 首をゆっくり横に振ると、ジン君は喉で小さく笑い、私の手を握り直した。 「そうだね。僕も手は後回しでいいと思っている」 あ、七回目。だけどやっぱり、まだ慣れそうにない。 あまくとろけた親指で攫って |