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 私が世界で一番好きなものは何なのだろうかと考えると二秒でふたつの答えが浮かび上がり、そのまま何も思いつかなくなってしまう。もちろんあれこれ大切なものはたくさんあるが、一番となると、候補はそのふたつだけなようで。Vと、Vが淹れてくれる紅茶だ。私はこのふたつ(一人とひとつ?)が好きで好きでたまらない。だからVとのティータイムは私にとって最高の時間、何よりのご褒美になる。
「……なまえさん?」
 大きなふたつのまるっこいエメラルドグリーンがこちらを見据えている。ティーカップをソーサーに乗せながら肩を上げ首を傾けたVは本当に女の子のようだ。本人に言うと怒らせたり拗ねられたりと散々だから何も言わないけれど。私はそんなに嗜虐心に満ち溢れてはいない。
「どうかしましたか? あの……美味しくなかったら、無理して飲まなくても」
「ううん」
 あまりにも見当違いなことを言い出すものだから、少々オーバーなくらいに首を振り、大きく否定した。Vの紅茶が美味しくなかったことなんて、今日も含めて、一度だって無いのに。
「ちょっと考え事してただけ。Vの紅茶は大好きだから安心して」
「そうですか?」
「うん。いつも美味しくて感動する」
 そう言うとVは気恥ずかしそうにはにかみ、ほんの少しだけ俯いた。そういえば、こんなにはっきり紅茶の感想を言ったのは初めてかもしれない。飲む間は、いつも四方山話しかしていなかった。なんてやつだ、私。
「なまえさんにそう言っていただけると、すごく嬉しいです」
「ちなみにVとおしゃべりするのも大好きだったりするんだよ」
「ほ、本当っ、ですか?」
 こんなに喜んでくれるなら、もっと早くに言ってあげればよかったなあ。私も可愛いVが見られて嬉しいし。と、いうのはさすがに不純だろうか。
「僕はっ」
 唐突にVが大きな声を出し、思わず驚いてしまった。本人もそれに気付いたのか一瞬慌て、男らしいのか女らしいのかいまいち判断しにくい表情。
「僕は、あの……なまえさんが作ってくれるお菓子が、すごく……好きですよ」
 と、テーブルの上のカップケーキを細めた目で見下ろすV。昨日なんの気なしに作っただけのものだ。正直に言うと、それほど気合いを入れたわけではない。本当の本当に気まぐれの暇つぶし。なのにVはそれを好きだと言ってくれている。それが嬉しくて、それと同時に申し訳なくも思った。もっと手間暇かければよかったとか、見た目も気にするべきだったな、とか。
「僕はなまえさんの作ってくれるお菓子も、なまえさんとこうしてゆっくり話す時間も好きです。だから今、すごく幸せなんですよ、……なんて」
 そう言ってVはやわらかくはにかむ。Vも、私と同じように思っていてくれたのか。嬉しくて、くすぐったくて、そしてやっぱり申し訳なくて。もっとちゃんと丁寧に、きれいにお菓子を作らなきゃ。いや、作りたい。
「えっ、と。ありがとう」
「こちらこそ」
「ところで、さ。チョコ、食べられる?」
「チョコレートですか?はい、好きですけど…」
「じゃあ明日はチョコレートケーキね」
「い、いえ、そんなっ、催促だったわけでは……」
「私が作りたいだけ。食べたいだけだよ」
 Vは数回瞬きをして、それから花も恥らうような笑み。
「では、楽しみにしています。……ふふ。なんだか素敵だとは思いませんか?」
「なにが?」
「だってなまえさんは僕の淹れた紅茶と僕との会話が好きだと、そう思ってくれているんですよね?」
「? うん」
「僕も、あなたの作るお菓子とあなたとの会話が好きです。楽しいです」
 そこまで言って一息置き、Vはまたきれいに微笑んだ。
「ということは僕たち、二人でお茶をするだけでしあわせになれる、ということではありませんか?」
 なるほど。なんて安くて、なんて尊い幸福なんだろう。


ずっと手をつないだまま生きられたら素敵だろうね

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