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駅前に立ち並ぶショップのガラスに自分の姿を映してはにやけを抑える、そんな四月の中旬あたり。別に私超美人!とかスタイル良すぎ!とかそういうことを思っているわけではなく、ていうかそもそも自分自身を見てテンションを上げているわけですらなくて。じゃあなにかと聞かれれば、ヒントは進学。つまり制服だ。雷門中の制服も可愛かったし気に入っていたのだが、今通っている高校の制服も、スカートがチェック柄でネクタイというのがなかなか良い。新品の制服が可愛ければ自然と足取りも軽くなるというものだ。
しかし今日は軽いとか重いとか、そういう問題ではない。時計の針は血の気が引くほど右に回っていて、慌てて家を出た頃には既にいつもなら駅から学校までの道をのったらのったら歩き始めているような時間になっていたのだ。せめて一限には間に合いたい、まだ入学したてなのだからなるべく軽傷で済ませたい。その一心で人生最速スピードを出したつもりだったのだが、泣きっ面に蜂とはよく言ったもので、不幸というのはいつも見事に重なるようになっている。階段に足を乗せたところで急行電車が出発しまったのだ。あと5秒、ほんの5秒もあれば間に合っただろうに。一限は諦めるしかない。終わった。もうこの場で寝てしまいたい。

「そんなところに座り込んでたら、変なやつだと思われるぞ」

背後から懐かしい声。しかしさっきまで足に全体力を持って行っていたから、頭がまったく回らない。誰だっけ。このラムネを思わせる心地良いアルトは、誰の声だっけ。

「あ」

やばい。駄目だ。思い出した。振り返ろうとしていた頭を戻しながら立ち上がり、そのまま逃げようとしたが、やっぱりやめた。これ以上彼を傷つけてはいけない。ゆるゆると体を半回転。

「…ひさしぶり」
「久し振りって、まだ一か月も経ってないだろ?」

相変わらずストラップがついていない携帯電話を手に、風丸がにへっと笑った。これまた相変わらずの物腰だが、彼の最大の特徴が綺麗さっぱり無くなっている。私は驚くより先にまず自分の目を疑った。ポニーテールじゃない。そもそも、ロングヘアじゃない。あんなに綺麗だった長い髪が、半田やヒロトくらいの長さになっていた。前髪もすっきりとしていて、左目がちらちらと見え隠れしている。

「風丸、髪…」
「髪?ああ、切った」

切った、って。そんな軽く言っちゃっていいのか。切っちゃってよかったのか。

「ほら、よく言うだろ?失恋したら髪切るってさ」
「え…ご、ごめん!」
「なんてな、冗談だよ。なんとなく切っただけだ」

本当にそうであるかのように、もしくは本当の本当にそうなのか、微笑みを崩さないまま毛先を摘み上げる風丸。できれば後者であってほしい。風丸を失恋させたのは、紛れもなく私だ。中学の卒業式があった日の夕方ごろだっただろうか。わざわざ私の家までやってきて、部屋に上げようとしたら断られて、玄関先で前置き無く率直に好きだと言われた。普通に嬉しかった。が、どうも違和感があったのだ。私にとって風丸は優しくて責任感のある友達。言ってしまえば、ただのという言葉が頭につくような、友達だったのだ。だから、三十秒くらい考えて、その場であっさりとフってしまった。

「いつまで突っ立ってるつもりだ?」
「え、あ…え?」

ほら、と風丸は自分の右斜め下あたりを指差す。駅のホームによくあるアレだ。ベンチと呼んでいいのかな、これ。まあいいか。椅子だ椅子。座れ、と言いたいのだろうか。

「そんなにビビらなくても、変に手出しなんかしない。そんな勇気あるように見えるか?」
「…見えない」
「だろ」

自虐ネタを出してきた。私を安心させようとしてくれているのかもしれない。実際、緊張感は少しずつ霧散していった。そういう優しいところも変わっていなくて、正直ほっとした。人間いつ変わるか分からないからね。風丸の場合前科があるから気が抜けない。

「制服だけでイメージ変わるもんだな」
「それはお互い様でしょ」

隣りに座った私の前髪からローファーまでを視線で二往復して面白そうに言う風丸だって、容姿だけなら最早別人だ。髪は短いし、見慣れないブレザーだし、どことなく雰囲気までもが変わったようにも思える。

「お前はたしか、私立に行ったんだったな」
「うん。結構遠いし、知り合いも居ないから、もう大変。風丸はいつものメンバー揃ってるでしょ?」
「半分くらいはな」
「いいなあー…」

鬼道は帝国に戻って夏未はお嬢様女子校で、あと松野も近場の私立に行ったみたいだけど、その他はほとんど一塊になっていた気がする。ちょっと前までは毎日のように一緒に居たのに、なんだか、寂しい。私も風丸達と同じ高校に行けばよかったかな、と今更ちょっとだけ後悔。

「なあ」

閉じたままの携帯電話を弄びながら、当たり障りのない笑顔。レールを挟んだ向こうにある自動販売機をぼんやりと眺めているようだった。

「あんな事あったのに変に気を張らないで話してくれてるのは嬉しいんだけど、さ。ひとつだけ困らせそうな事言ってもいいか」

変に気を張ってないのはそっちが自然に話せるようにしてくれてるからなんだけどな、と言えるような雰囲気ではない気がする。なんとなく、もう何を言われるのか、分かってしまった。

「俺、今日久し振りにお前に会って気付いたんだけどさ…やっぱり好きみたいなんだ。お前のこと」

ほら、当たった。風丸は分かりやすい。悩み事だけは綺麗に隠すけど、それ以外はあっさり見抜けてしまう。進学しても髪を切っても風丸は風丸なんだな、と思うと、変に笑いが込み上げてきた。

「久し振りって、まだ一か月も経ってないでしょ」

そう切り返すと、風丸は数回瞬きをした後、恥ずかしそうにはにかみながら肩を竦めた。


きみの温もりに手をかけた

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