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幼い頃から引っ込み思案で内気でおどおどとした情けないやつだった私が中学校に入った途端元気キャラに!なんて漫画的展開はもちろん無く、入学して半年以上経った今でも私は孤独に登校し、自分の席で縮こまってひっそり本を読んでいる。相棒は最近ハマっているハイ・ファンタジー。独特の世界観が一番の魅力とされ、人気のある作品だ。私もすっかりのめり込んでしまっている。

「お前、何読んでんだ?」
「ぇうっ」

ふつう人というのは本を読むとき集中するものであり、集中しているときにいきなり話しかけられると過剰反応してしまう、ということは考えるまでもないことだろう。それに加え私は完全に本の世界に入り込んでいて、更にもともと誰かとコミュニケートすること自体も得意ではなく、話しかけてきた相手の眉間にしわが寄るくらいには大袈裟に反応してしまった。口をへの字にしているのは、右斜め前の席の、瀬戸さん、だったか。話したことはほとんど無いが、美人で強気で、男勝りな人というイメージがある。

「そんなビビんなくてもいいじゃねぇか」
「す、すみません」
「で、なんて本なんだ?ソレ。アンタいっつも本読んでるよな。本好きなのか?」

そんな一気に聞かれても困る。ただでさえ慌てている私はとにかくまず頭の中で整理しようと思ったのだが、どうにも脳が働いてくれない。

「あ、アンタさ、知ってるか?陸上部が全国に行くらしいてさ。全国といやーサッカー部も常連だけどさぁ、ホー…ホール…ホラーロード?違うな、あー、まあいいか。なーんか冷めてんだよなあアイツら。神童とかいう一年がもうキャプテンやっててすげえらしいって聞いたけど、アイツも暗いんだよ。もっとこう、サッカーが好きだ!誰よりも強くなるーっ!みたいなさ、そういうの無いのかよって思わないか?」
「えっ、あ、うん!」

何も頭に入ってこなかったのに、とりあえず肯定してしまった。私の悪い癖だ。分からなくなったら何でも頷いてしまう。おかげで幼稚園の頃から何度も痛い目見てきたのに、もうすぐ中二になる今でもまだ治っていない。

「…みょうじさ、前髪切った方がいいんじゃねーか?」
「は、はい?」
「だって顔見えにくいだろ?せっかくの美人無駄にすんな」
「びっ」

美人とな。
始めて言われたぞ、そんな大層な褒め言葉。瀬戸さんの方がずっと美人なのに、なんだか誰彼構わず頭を下げて周りたい気分になった。

「あーいや、分けてもいいな…ピンとかカチューシャとか持ってねぇの?」
「い、いや、あんまり」
「ふぅん。あ、茜ぇーっ」

いきなり話しかけてきて、いきなり去って行った。嵐のようなお方だなあと思いつつ、少し羨ましかったりもして。気さくで、フレンドリーで、陰気な私とは比べ物にもならない。何で私ってこんなに暗いんだろう。蛍光灯みたいに、性格もパチッと変えられたらいいのになぁ。なんて。

「みょうじ、ちょーい顔上げろ」
「は、」

あれ、瀬戸さん戻ってきた。言われた通り無意識に下げてしまっていた頭を上げると、額に違和感。わさわさと前髪を分けられているらしく、10秒としないうちに左耳の上からぱちんと軽い音が聞こえた。

「やーっぱ切らない方がいいな!」
「本当だ。かわいい」
「茜の趣味っぽいモンが似合いそうだなって思ったんだよ」

いつの間にか山菜さんまでやってきている。上手く頭が回らないが、多分、山菜さんのヘアピンを瀬戸さんが私につけてくれた、のか?驚きで大口を開けていると山菜さんがどこからともなくピンク色のカメラを取り出し、私が反応する前にシャッターを切った。慌てている間にも二人は終始笑顔である。

「そのヘアピン、あげる」
「えっ、えっいや、いいよそんな!」
「ううん、もらって。色違い持ってるから」
「だってさ。大人しく受け取っとけ」

ね?と首を傾げる山菜さん、な!と歯を見せて笑う瀬戸さん。ここまで言ってくる二人の好意を押し返すのも悪い気がしてきたし、何よりおへそのあたりに感じるこのあたたかさは、きっと嬉しさからくるものだ。ぎゅっと口を結んで頷きそのまま下を向いていると、

「髪上げた意味ねぇだろーが!下見んな!」

怒られてしまった。


 * * *


「おいコラなまえ!」

勢いよく後頭部に張り手を食らい、一瞬ぐらっと目眩がした。肩と背中が強張ってじりじりと痛む。どうやら机に突っ伏して眠ってしまっていたようだ。

「部活行くぞ!おら立て立てっ、なにニヤニヤしてんだ!」
「痛い痛い痛い!」

ばっしんばっしん叩かれ、地味に痛い。ニヤニヤしていると言われたが、あんなに懐かしい夢を見たのだから、ちょっとくらい頬を緩ませたって仕方ないじゃないかと言い訳させてもらおう。懐かしいと言ってもつい数ヶ月前のことだが、あれから色々ありすぎて、俯いている暇も、おどおどしている暇もなくなってしまった。私がこんなに明るくなれたのは120%水鳥たちのおかげだろう。あの時茜がくれたヘアピンは今でもよく使っている。本当は毎日つける気でいたのだが、茜が次々に新しいものをプレゼントしてくれてその度に「おそろい」とはにかむものだから、もうどれもこれも使いたくなってしまってさあ大変。今日はどれにしよう、と考えるのが毎朝の楽しみだ。ちなみに私からはいつもお菓子でお返ししている。

「ありがとね」
「は?いきなり何だ、あたし何かしたか?」

何かしたというレベルではないのだが、ここでつらつら昔話をして頭を下げたって「恥ずかしいからやめろ」と言われるのが目に見えていたから、そうだな、起こしてくれてありがとう、ということにしておこう。


世界はどこまでも単純でこんなにも愛しい

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