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どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう。宿題が一向に終わらない。それ以前に進みさえしていない。作曲家コースの生徒全員に言い渡された、明るい曲を作ってこいという唐突かつ漠然とした無茶降り(言い出しっぺは言わずもがな早乙女さん)、その提出期限が月曜、つまり明日までなのだ。金曜の夜から不眠でやっているから、もう二日寝ていない。なのに、いいメロディがこれっぽっちも浮かばないという緊急事態。こんなに清々しさを感じない日曜の朝日は初めてである。こんな状況じゃ、もともと作るのが苦手である明るい曲なんて、ますます作れるわけがない。気晴らしになるかもしれないし、場所を変えよう。頭も冷えるだろうし。



「あれ、みょうじ?」

なんとなく中庭でぼんやりと佇んでいると、背後から聞き慣れた声。駆け寄って来たのは、案の定一十木君だった。暖かそうなジャケットを羽織って、何故かロザリオ(って言うんだっけ?)を首から下げている。一十木君らしくないうえ、服にも合っていない。ちょっと気になる。けど、まあいいか。それどころではない。

「寒いねっ。なにしてたの?」
「休憩ー」
「休憩?あ、もしかして作曲家コースの宿題?」
「当たり」

七海も難しい顔してたよ、と笑う一十木君。でも七海さんってすごく真面目な子だし、私が上から目線で言っても説得力無いけど、ありがちな比喩をすると正にまだ荒削りの原石って感じで才能もあるし、宿題なんてもうとっくに終わってるんだろうなあ。サボってたちょっと前までの私に暴言を吐きながら膝蹴りを食らわせたい。

「一十木君はどうしたの?」
「ああ、トキヤ…えーと、相部屋の人がねー。構ってくれなくてつまんなかったから、散歩」

どこまでもワンコだな。垂れ下がった耳と、低い位置でゆらゆらしている尻尾が見える。トキヤというのは、Sクラスの一ノ瀬トキヤ君のことだろう。今では大分落ち着いているが、春にHAYATOの弟だって話題になっていた。何度かすれ違った事があるが、それはそれはお美しい方で、初めて近くで見た時なんて一瞬倒れかけたくらいだ。

「作曲、進んでる?」
「ぜーんぜん!このままじゃ林檎センセに脳天チョップされちゃう」
「ありゃりゃ…うーん……あ、そうだ!俺、手伝おうかっ?」

きらきらした目でこちらを見てくるクラスメイト。うお、可愛い。元はかっこいい顔つきだけど、あまりにも優しく笑うもんだから、どうも可愛いという印象が強くなる。

「俺の部屋おいでよ!トキヤがうるさいから、ちゃんと掃除してて綺麗だよ!」
「えっ、いやいやいや、悪いよそんなの!」
「いいのいいのっ!むしろ来てよ、ね?」

腕を掴み、他言無用な明るい笑顔。一十木君、意外と強引だ。私も私で彼の笑顔にすっかり負けてしまうし。それにしても、すみません、顔、近いです。


 * * *


「たっだいまぁーっ」
「音也、声が大きいといつもいつも…!…おや」

誘拐してきたのなら早く返してきなさい、とか任意同行だよ!とか、随分仲良さげなお二人。そりゃ相部屋なんだし、仲良くなってもおかしくはないか。むしろなってて当然だろう。相当反りが合わない限りは。

「だから、みょうじが作曲進まないって言うから…」
「ここに連れて来てなんになるんです?」
「分からないからとりあえず連れて来てみたんだよ!手伝いたいし、トキヤも居るし!」
「私を巻き込むつもりですか」

妙に自慢げな一十木君。それに対し一ノ瀬君は冷ややかな目で椅子の背に肘を乗せ頬杖をついている。私、こんな近距離で一ノ瀬君を拝んでしまっていいのだろうか。

「…仕方ありません。今回だけですよ」
「やった!ありがとうトキヤ!」

任しといてよみょうじっ!と豪語するのはいいけれど、さて、どうなるのやら。今更不安になってきた。



とりあえず私と一十木君は一十木君のベッドに腰を落ち着け、一ノ瀬君は私たちの前で何故か仁王立ち。威圧感アリアリである。

「みょうじ君」
「え、なんで名前…えっ、くん?」
「あはは、トキヤって女子にも君付けだけど、気にしなくてだいじょーぶだよ」

へらりと笑う一十木君に一瞬眉をしかめた一ノ瀬君は、堪えるように目を閉じ、ゆっくりと瞼を上げる。動きのひとつひとつが機械的で、かつ人間味もあって美しい。

「優秀そうな作曲家コースの生徒の顔と名前は一通り把握しているので」
「…はい?」
「あなたはスローテンポな曲が得意なようです。ですが今回の課題は明るい曲、でしたよね。ずいぶん漠然としていますね」
「え、あ、はいっ」
「みょうじ敬語うつってるー」
「音也…」

元々低い美声を更にドスくしていらっしゃる一ノ瀬君。ご立腹のようです。なのに笑顔を絶やさない一十木君の精神構造ってどうなっているんだろう。少し羨ましい。

「貴女にとっては高い壁でしょうが、乗り越えれば確実にプラスになります。音也、なるべくみょうじ君自身にやらせなさい。こういう時外側から必要なのは行き詰まった時に打開のきっかけとなるアイディア程度です」
「はぁーい」

最後にちょっとだけ眉尻を下げて、一ノ瀬君は自分の机に向かってしまった。いいこと言うなあ。一ノ瀬君からのアドバイスは今ので充分だ。
それにしても。今のって、笑ったのだろうか。ていうか褒められた。励まされた。あの口数が少なくて、自分にも他人にも厳しい一ノ瀬君に。

「頑張ろっ、みょうじ!」

にぱっ、と満面の笑みを浮かべる一十木君。なんでだろう。明るい曲、作れる気がしてきた。頑張れちゃうかもしれない。


 * * *


凝った肩を撫でながら、短く息を吐く。できた。作れた。今まで一度として完成させたためしの無かった、明るくて、まさに一十木君に歌ってほしくなるような、活発さのある曲。

「わあ、やったじゃんみょうじっ、やればできる子!」
「一十木君のアドバイスおかげだよ、ありがとう!」

二人して大はしゃぎしていると(一緒に喜んでくれるっていうのがまた嬉しい)、ずっと机とにらめっこしていた一ノ瀬君が「うるさいですよ」と一喝。

「そう言わずにさ、ほらほら、みょうじの力作だよっ!俺、お出かけーとか青空ーとかイメージしか言わなかったのに、みょうじ、こんな凄いの作っちゃった!」
「よ、よければ少しチェックを…」
「…ほう」

直筆の楽譜を一ノ瀬君に手渡す。うわ、めちゃくちゃ恥ずかしい。緊張する。

「……みょうじ君、貴女…とんでもない人かもしれませんね」
「でしょでしょ!」

とんでもない。とんでもないってなんですか、最悪ってことですか。結構自信あったのに、急に不安になってきた。

「みょうじ君」
「はっ、はい!」
「よく頑張りましたね」

また眉尻を下げ、今度はどこから見ても確実に微笑んでいる一ノ瀬君。これならS判定も期待できますよ、と最後にサービス台詞までついてきた。

「え、Sなんてもらったことないけど…一ノ瀬君が太鼓判押してくれるなら、いける、かな」
「それはどうも」
「俺も押す押す!みょうじ、天才!」
「天才はさすがに言い過ぎじゃ…でも、ありがと」

わしわしと一十木君の大きな手が私の頭を撫で回す。くすぐったいけど、すごく心地いい。そんな一十木君の側なら明るい曲のひとつやふたつ作れるだろう、そう思って一ノ瀬君も応援してくれたのかもしれない。こういうのって、すごく幸せだ。

「あっ、もうお昼じゃん!ご飯食べに行こうご飯!」
「それもいいですが、今日は軽く済ませましょう。みょうじ君は早く眠った方がいい」

ありゃ。徹夜、バレてました。


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