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幼馴染みである同い年のみょうじなまえは、毎日飽きもせずに京ちゃん京ちゃんと常に俺の左斜め後ろをキープしていた。今朝の星座占いの結果(わざわざ俺や兄さん、最近だと松風達の分までチェックしている)だとか昨夜試し塗りしたマニキュアの感想だとか、どんな些細なことも逐一報告してきたし、様々なものを俺と共有しようとした。これがつい最近からの話なら鬱陶しく思っていたのかもしれないが、まったく、慣れとは恐ろしいもので。何年も経てば、それが当たり前になってしまう。

「京ちゃん、わたし昨日ね、ミルクレープ作ったんだ」

朝練開始前の部室で、朝っぱらからにへにへとだらしなく頬を緩ませながら、相も変わらず聞いてもいない近況報告を始めるなまえ。帰りに私の家に寄って優一君に持って行こうね、京ちゃんの分もあるからね、そんな言葉が鼓膜にゆるゆる響く。朝練すら始まっていないのに帰宅時の話とは、気が早い。

「いいなあ、俺も食べたいなあ」
「たくさん作ったから、松風君もいる?」
「いるいる!」

いつの間に割り込んできていたのか、松風がなまえとはまた違った類の笑顔を浮かべていた。いまいちよく分からない妙な気分になりながらも特に何をするでもなく、頬杖をついたまま二人から視線を逸らす。

「あとは西園君と葵ちゃんと影山君と…あ、狩屋君って甘いもの大丈夫かな」
「この前ケーキいっぱい食べてたし、甘党っぽいし。大丈夫なんじゃない?」

誰が甘党だ、と声を荒げる狩屋。意外だなあ、と零すなまえに対し、でしょ、と笑う松風。つい最近までなまえの独り言を受け止めていたのは俺だけだったのに、今ではこんなに喧しくなってしまった。俺は喧しいのが嫌いだ。指が無意識にかたかたと机を叩いている。
むかつく。


 * * *


「…俺、先に病院行く」
「京ちゃん?」

サッカー部一年総動員での帰路。みょうじ家へ行くには左、病院へ行くには右という分かれ道。群れたまま行動するのがあまり嬉しくなかった俺は、先に一人で兄さんに会いに行くことにした。ひっついてきた松風達の目的地はみょうじ家のみ。そこから直帰するだろうし病院にまでついて来るとは思えなかったが、一秒でも早く一人になりたかった。

「どうしたんだ?剣城」
「他に行くところあるから、そっちに先に行くって。じゃあ京ちゃん、私も後で行くからね」

ひらりと手を振るなまえ。引き止められなかったのが妙に癪に障ったが、左手だけ軽く上げてそのまま兄さんを訪ねに行った。



なまえが病院に来たのは、俺の一時間半後だった。楽しそうな笑顔を浮かべスライドドアを滑らせたなまえは、つい話が弾んじゃって、とまた聞いてもいない報告をする。兄さんはそれをにこにこ頷きながら聞いていた。この三人が揃って俺だけ笑っていないのなんて大して珍しくないが、それは単に表情に出ていなかっただけで、心の底から楽しくないと思ったのは初めてだった。

「じゃあ松風君はどうなのって聞いたらね、」
「最近のなまえは天馬君ばっかりだなあ」
「え、あ…そんなことないよ!」

なんとなくぼんやりと眺めていたなまえの頬が赤く染まり、さっと血の気が引いて、背筋が凍り付いた。何故、どうして今まで気付けなかったんだ。俺達は幼馴染みだし、こいつ自身分かりやすいやつだし、断言できる。なまえは確実に、松風のことが好きだ。それにショックを受けるということは、俺は、


 * * *


昨日のなまえの横顔が忘れられないまま一日が過ぎた。部活の休憩中にももちろんあいつが頭から離れることはなく、いらいらばかりが募っていく。ぶつけようのない感情が体中をぐるぐると廻り、ひどく体が重い。

「どうしたの剣城君、恐い顔して…」
「その猫かぶりを今すぐやめろ。虫酸が走る」
「そりゃどうも。つまんねーなぁ」

本当につまらなさそうに頭の後ろで手を組む狩屋。こいつは今俺が恐い顔をしていると言ったが、理由は言わずもがななまえのことだろう。情けないことに、全部全部気付いたのはつい昨日のことだった。

「後悔先に立たず、ってね」
「…なんだ、いきなり」
「兄貴の受け売り」
「狩屋、兄弟がいたのか」
「んー、まあ。一応な」

確かに後悔先に立たず、というのは今の俺にお似合いのことわざだが、何故狩屋はそれを見抜けたのだろうか。サッカーに関しても実力は未知数だし、分からないやつだ。

「観察力には自信があるんだよ」
「さっきから何が言いたい」
「わざわざ言ってほしいわけ?見掛けによらずMなんだぁ」
「…」
「や、やめろってその顔、結構迫力あるんだからさ…」

ちらりと横目で見ただけで怯えられてしまった。元来目付きが悪いのは自覚していたが、今は更に険しい表情をしているのだろう。

「諦めるわけ?みょうじサンのこと」
「お前に話す義理は無い」
「そうかよ。ま、変なところで真面目な剣城クンにはできないだろうけど、強行手段も残ってんだ。あんまウジウジ考えんな」
「強行手段?」

少々物騒なワードに食い付くと、狩屋は待ってましたと言わんばかりに唇の端を吊り上げた。とんだ構ってちゃんだ。

「手ぇ出しちゃえばいいんだよ。キスとかな」
「なっ…」
「みょうじサンって単純だしさ、意外とすぐに意識してくれるかも知れねえよ?」

何を言い出すかと思えば、こいつの思考回路はどうなっているんだ。冗談なのか本気なのか、全く判断がつかない。狩屋なりに得策を考えてくれたのか、実行しないことを前提にこの場での俺の反応を見たかっただけなのか、実行させて楽しむつもりなのか。

「欲しいもんは手に入れとけってか、剣城君の場合は、手放したくないもんはちゃんとつなぎ止めておけよ。後々後悔すんのは自分だぜ」

やけに殊勝でシリアスな物言い。どうやら本気だったらしい。妙な説得力があるのは何故だろう。しかし俺は、こいつの提案には頷けない。

「今更俺がどうこうする問題じゃない」
「ふーん。心の底からそう思ってんなら、別にそれでいいんじゃねえの?」

そうは見えねえけど、と付け加え、難しい顔で笑う狩屋に反論の言葉が見つからないあたり、俺はどこまでも情けないやつだな、と他人事のように溜め息を吐いた。叶わないならもういい、と思う一方、悔しくて悔しくてたまらない。なのに何もできない。どっちつかずで我が儘で、馬鹿みたいだ。こんな俺を、なまえが好くわけないじゃないか。


瞬き一つでくたばった恋のお話

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