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机に向かって溜め息を吐いたところで仕事が進むわけでもなければ、部長がやっぱやらなくていいよ、なんて言ってくれるわけでもない。久々に嫌な任務を任せられてしまった。が、ここで誰かの手を借りてしまっては、新聞部一年期待のホープとしてのプライドが汚されてしまう。確かな文章力、表現力、写真の腕があるとあちこちからちやほやされてきたのだ。その期待を裏切るわけにはいかない。こうなれば腹を括ろう、と愛用カメラとミニノートとシャーペンを引っ提げ、私は新聞部室の扉を大仰な動きで開け放った。…キマった。ノってきた。私超かっこいい。このテンションのまま突っ切って仕事を終わらせてしまおう。
今回の嫌な任務というのは他でもない。伝説の吹雪士郎さんに次ぐ第二の雪原の皇子と謳われる、雪村豹牙先輩の取材だ。部長曰く、お前は他の女子部員みたくプラス面ばかりを薄っぺらくは書かないだろうし、何より新たな伝説となり得る存在の記事を書ける実力もある!だからこの仕事はお前のものだ!…だ、そうで。私が雪村先輩を過大評価しないのは当然だ。私は彼の纏う独特で妙に神秘的な雰囲気が苦手で苦手で仕方がないのである。整った横顔を見かけるだけで、思わず一歩後退ってしまう。

上履きからスニーカーに履き替え、グラウンドへ向かう。運動部は毎月第三火曜日、今月で言うと今日が休みになっているが、雪村先輩は毎日毎日飽きもせずサッカーをやっているため問題無し。今日も今日とて一人でバンバンシュートを決めているのだろう。階段の上からグラウンドを見下ろすと、案の定つやつやした髪が目に入った。先ほどのテンションは何処へやら。思わず引き返したくなってきた。が、やらなければ終わらない、と自分を奮い立たせる。階段を駆け下り、シュートを打った直後の背中に向かって叫んだ。

「あの、ゆ、雪村先輩!」

二秒後、くるりと振り返る。綺麗な瞳で真っ直ぐ見据えられ、生唾を飲んだ。物憂げな表情が端正な顔立ちによく似合っている。部室に保管してある昔の校内新聞で読んだ、優しく朗らかだという吹雪さんとは違う意味で皇子様みたいだ。何となく近寄り難い。

「しん、ぶんぶの、取材に…」
「練習の邪魔だ」

一刀両断。思わぬ落とし穴。私自身の雪村先輩への苦手意識を問題視し過ぎて、取材を断られる可能性があるというのをすっかり忘れていた。冷や汗を垂らしながらも、ここまで来て引き下がってしまっては駄目だと食い下がる。

「ほんの少しだけなので!お願いします!」
「…は?」
「え?」

まるで驚いたように目を見開き、人間らしい(人間なんだけど)顔をする雪村先輩。10メートル離れたまま見つめあうこと実に一分弱。沈黙を破ったのは、あぁ、という雪村先輩の声だった。

「取材受けないとかじゃなくて、待ってろって言いたかったんだ。そこ、ボール来たら危ないだろ。どいてろ」
「あ、そ…そうですか」

失礼しました、と慌てて頭を下げ、グラウンドから少し離れたベンチに腰を下ろす。こんなことならマフラー持ってくればよかったなぁ、と思いながらカメラを人差し指で撫でる。

「寒いだろ」
「はっ、あ、はい。そりゃあ」
「中に戻れよ。凍え死ぬぞ」

そう言いながら、雪村先輩はちょっといたずらっぽく微笑む。何だ、思ったより人間味があって、優しい人じゃないか。未だ警戒心は残るが、大分苦手意識は薄れてきた。

「じゃあ、私、新聞部の部室に居ますね」
「ちょっと待て」

二、三歩歩いたところで声を掛けられた。やっぱ帰れ、なんて言われやしないかと心配しながらゆるゆると振り向く。

「な、なんです?」
「あんた、名前は?」
「あ…みょうじ、です!みょうじなまえ!」
「みょうじ、だな」

片足で器用にボールを扱いながら、また綺麗に微笑む雪村先輩。不思議だけど、興味深い人だ。取材が少しだけ楽しみになってきた。


惑う未熟にはにかまないで

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