book | ナノ


俺にはどうしようもなく馬鹿で救いようのないクラスメイトが居た。他の女子みたく毎日飽きもせず寄ってきて南沢くん南沢くんと高い声を飛ばすわけではなく、自分の気が向いたときにだけあのさあ南沢ぁとまるで親友のようにお気軽かつ馴れ馴れしく話しかけてきて、気が向いていない時は同性の友達と話していたり、三国にひっついていたり。要するに自由人で若干不思議ちゃんだったわけだ。俺はそんなみょうじの言動を結構楽しんでいた。が、執着はしていなかったから、転校を決めた時にあいつどうするかな、なんてことを思いはしなかった。あいつのことが特別頭に浮かぶことすらなかった。
そんなよく分からない関係だったよく分からない女、みょうじなまえ。そいつは今教卓の横で仁王立ちしている。ここは月山国光中の教室で、あいつが着ているのは月山の制服。つまりそういうことだ。

「転入生のみょうじなまえさんだ。みょうじ、何か一言挨拶を」
「挨拶?うーん、好きなジャムはいちじくです」

挨拶っつってんのに何であいつジャムの話してんだよ、馬鹿じゃねーの。てか何で転校してんだよ、馬鹿じゃねーの。お前いちじくより林檎のが好きだろ、馬鹿じゃねーの。まったく、あいつは毛先から足の爪まで原材料すべて馬鹿で構成されているんじゃなかろうか。ありえねえ。担任すげえ微妙な顔してるじゃねえかよ、オイ。

「とっ…とりあえず、みょうじの席はあそこだ」
「はーい。あれっ、あっ南沢だぁ、やっぷー」

今気付いたのかよ。馬鹿か。馬鹿だったな。こんな三十人ちょっとしか居ない中で見知った顔があったら普通すぐ気付くだろ、分かるだろ、この天性の馬鹿が。馬鹿神が。

「南沢、この前転入したばっかっしょ?何で一緒のクラスなんだろうねぇ。まんべんなく転入させるもんじゃないのかな」

頼むからベタベタ話しかけんな目立つだろ。こんなウルトラアルティメット馬鹿と同類にされてしまっては困る。すげえ困る。とんでもなく困る。アレだよ、俺が入る前までに三人も転校していったらしくて、だから人数でアレなんだよ。てかさっさと座れよ。いつまでも俺の席の横で棒立ちしてんじゃねえ、お前の席はこの後ろだ。

「ちなみに私はいちじくより林檎が好きです」

知ってるから座れ一秒でもはやく!


 * * *


案の定クラスのお調子者軍団からSHR後、授業間の休み時間、更には授業中にまでガッツリからかわれてしまった。勉強に集中させろ。みょうじのまあまあ悪くはない容姿のせいか若干妬みもあったっぽいが、心底どうでもいい。昼休みまで潰されちゃあ適わないし、さっさと昼飯を買いに行こう。

「南沢南沢ー、売店までつれてって」

…みょうじ本人の存在を忘れていた。
振り返ると、真顔をちょっとはにかませたような顔で財布を弄んでいるみょうじと目が合う。

「南沢、売店」

はいはい分かったよ、案内すればいいんだろ、ちくしょう。何だかんだで放っておけない自分の性分が憎くてしょうがない。



俺の斜め後ろ、半歩離れた位置をキープしながらるんるんと鼻歌を口ずさんでいるみょうじ。三年の教室は東校舎の二階、売店は北校舎の一階だ。微妙に離れている。

「あのねぇ南沢」
「何だよ」
「私ね、つまんないのが大っ嫌いなの」

だから何だって話だが、みょうじの過去の行動と性格から考えて、いちいちツッコむのも阿呆らしい。曖昧に相槌だけを打って、大股で廊下を突き進む。

「着いたぞ」
「おお、ちゃちぃね」
「そりゃ雷門と比べたらな」

むしろ雷門が豪華すぎるだけだろう。無駄に金かけてるし。
みょうじは売店の中をきょろきょろと見渡し、日替わり和食弁当を手に取ったかと思うと、情けないスキップみたいな足取りでレジへと持って行った。俺もさっさと決めるか。と言っても毎回目についたパンと紅茶なのだが。何となく甘いものが食べたい気分だし、メロンパンでいいか。



教室に戻ってもどうせ茶化されるだけだろうと思い、みょうじを連れて校庭へ出た。グラウンドと部室棟の間にお情け程度に並べてある寂れたベンチのうちのひとつを陣取る。

「いただきまぁす」

律儀に両手を合わせてから、みょうじは黙々と弁当を食べ進めていく。雷門に居た頃にも何度か一緒に昼食を取ったことがあったが、サッカー部メンバーが誰かしら必ず同席していたため、二人きりというのは初めてだ。

「うんうん、三国の弁当の方が美味しいね」
「失礼だなお前」
「でも南沢と一緒に食べてるから、まあまあいける」
「はあ?」

こんな女らしいことを言えるようなやつだったか、こいつは。ちらりと横目で盗み見ると、何食わぬ顔でぱりぽりと漬物を咀嚼している。

「南沢が転校してからね、何か、すごいつまんなかったの。サッカー部のみんなはどんどん明るくなってって、三国が新入りのこと自慢するのを聞いたり、天城と食べ歩きしたり、車田ん家に行ってプレステしたり、女友達大勢で集まって遠くに買い物に出掛けたり。全部全部楽しかったんだけど、でも、何かが、こう、違ったんだよね」

世間話をするように…いや、教科書を読み上げるように、みょうじはただ淡々と呟き続ける。俺に聞かせているのか、でかい独り言なのか、もしくは聞いてほしい独り言なのか。よく分からない。

「なーんか足りなかったの。で、ちょっと考えたんだけど、多分南沢かなぁって思って」
「何だよ、それ」
「何だろうね。私さ、別に寝ても覚めても頭ん中南沢ばっかりで、南沢居なくちゃ生きていけない!ってわけでもないんだけど…うん。でもね、できれば一緒がいいわけよ。南沢と」

だから転校して正解だった、と柔く笑うみょうじ。そのためだけに転校なんて、みょうじはやっぱり馬鹿で自由人で不思議ちゃんだ。そんなみょうじの笑顔に頬の熱が増した俺もかなりの馬鹿なのだろうが、勉強ができれば別に他の面では馬鹿でも構わないと、ほんの少しだけ思った。


限り無くハートに近い逆三角形

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -