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「本当…広いね」
「ああ」

将棋の駒を右手で弄びながら、赤司君は特に感想は無いと言いたげに緩く目を細めた。彼にとって学校の設備だとか敷地面積だとか、そういうのはきっと、悪くさえなければどうでもいいようなことなのだろう…と、私は思う。

「おいで。校内散策でもしようか」
「…うん」

いや、どうやらはずれたらしい。それなりには学校に興味があったようだ。
赤司君は私のことを知り尽くしているのに私はまだ赤司君のことをこれっぽっちも分かっていなくて、でも不思議と悲しいとか悔しいとか、そういうのは無い。

「へえ…随分広いね。第二美術室」

時折足を止め教室内を覗きつつも、彼の足取りには一歩も迷いがない。赤司君はきっと、いくら広いと言えど自分が校舎内などという小さな場所で迷うわけがない、と思っているのだろう。これは多分、確実。私ひとりだったら、絶対に同じところをぐるぐるしてしまうだろうに。でもあくまで私がひとりだったら、の話で、それはありえない。

「2階にも上がってみようか」

ふわり、という表現が似合うような、優しい笑み。それとは裏腹に、私の右手に指を絡め、きつく握ってくる左手。赤司君は迷わない。そして私は、赤司君から逃げられない。だから私は迷うどころか、ひとりになることがもうありえないのだ。私はそんな彼から逃げようだなんて、これっぽっちも思わない。でも、それは恐怖心からではない。言葉通り世に言う箱入り娘だった私に世界を見せ、教えてくれたのは、他でもなく彼。私の思考、価値観、すべての中心点は、私ではない。赤司君なのだ。そんな存在から離れようなんてばかなことは今まで一度だって思ったことはないし、これからも思わない。
赤司君は「行こうか」とは言わない。いつも「おいで」と言う。一緒に並んで行くのではなく、ついておいで、と。その言葉に逆らったことも、逆らうつもりも、無い。




世の中は見せたり教えたりするだけで、歩き方は教えてくれない。

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