ふたりの戯れ
セイバートゥースの宿、クロッカスガーデン。
「情けなくて涙もでねえぞクズ共ォ!何故我々が魔道士ギルドの頂点にいるのか思い出せ。周りの虫ケラなど見るな口を聞くな。踏み潰してやれ。我々が見ているものはもっと大きなものだ。天を轟かせ血を沸かし海を黙らせる。それがセイバートゥースだ」
セイバートゥースマスター、ジエンマ。彼の口に入ったブドウが、グチャグチャと咀嚼される音が響く。
「スティング」
「はい」
「貴様にはもう一度だけチャンスをやる。2度とあんな無様なマネするな」
「ありがとうございます。必ずやご期待に応えてみせます」
そうして、マスターはスティングからユキノに目を移すと、貴様には弁解の余地はないと言い放つ。そもそも命を賭けたくせに敵に情けをかけられたと言うことが駄目なのだと怒鳴るマスターは、ユキノの頭部にブドウを投げつける。
いかなる罰をも甘んじて受けると言ったユキノに、マスターはあろうことか服を脱げと言い捨てる。そしてその言葉に従ったユキノは、ギルドのメンバーが集まる中全裸になり、
「ギルドの紋章を消せ」
その言葉に、涙を耐えながら頭を下げた。
「短い間でしたが、大変お世話になりました」
「とっとと失せろゴミめ」
その後、もう話すことなど無いと言われさばけていくメンバーを横目に、私はユキノの傍に向かう。
ユキノなんかに声を掛けるなんてと止められはしたが、幾らユキノ自身がその罰を受け入れたからと言ってこんな事されて大丈夫なわけがない。
マスターに破門にされたのだからだとか、仲間だとか仲間じゃないとか、そんなこと関係ない。これは、耐えられない。もし私がそうされたら、なんて考えたら動かずにはいられない。
震える手で自身の上着を手に取るユキノへ、私は己が着ていた上着をユキノの肩に掛けてやる。
「ユキノ、とりあえず移動しよう」
「ぁ、…っ、」
「うん、うん。最後くらい優しくさせて。……話なら聞いてあげるから。このままは、辛いでしょう?」
「っはい」
ノロノロと立ち上がるユキノの手を引いて、ユキノの手元に衣類を持たせてその部屋をあとにする。私やユキノの背を皆が見ていたんだろうけれど、知ったこっちゃない。
「……まさかここまで性根が腐っているとはね」
「え?」
ユキノの手を引いて歩きながら、思わず零れた本音。先程の光景に奥歯を噛み締めながらもすぐに私の泊まってる部屋に着き、彼女へ服を着たらと声を掛ける。
「は、い」
「あ。シャワーでも浴びる?なんなら一緒に入る?」
「い、いえ、そんな…」
「…うーん。拒否権は無しね。一緒に入りましょうか」
「え、きゃ!」
誰も入ってこれないように部屋に鍵を掛けて、ユキノの手を引いて浴室に向かう。ユキノを先に浴室に投げ込んで、私も着ていた服を脱ぐ。途中からシャワーの音が聞こえたので笑みを零しながら、私もお風呂に入る。
試合終了してすぐ自室のお風呂はセットしてあったる。会議の後入るつもりだったのでお湯は溜まっていたの。
シャワーを浴びてるユキノに髪を洗ってあげると言って、遠慮する声をスルーして遠慮なく洗ってやる。終わったあとにサッパリしたと、ありがとうございますと、まだまだ硬いけれどやんわりと笑みを作った彼女にいいえ?と笑みを返した。
そして、それぞれ洗い終えて浴槽に浸かる。
「流石に狭いわねぇ」
「ですね…」
「……さて、ユキノ」
「っ、は、はい」
「そんな構えないで。怒る訳じゃないから。…お疲れ様、ユキノ。よく頑張ったわね」
丸くなった瞳。
その喉からはヒュッと息を飲む音がした。
「命を賭けて負けた事はもちろん怒ってるわ。でも、貴女は。最後までセイバートゥースの魔道士として頑張ったから。……よく、頑張ったわね」
ぽたり。
お湯の中に、その雫は溶けて消える。
「…っ、そんな、そんな言葉、私には勿体ない…!」
「ううん。私がユキノにあげたい言葉だから。勿体なくなんてないの。……これからは、素敵なギルドに入るといいわ」
ここは息苦しいからと苦く笑えば、ユキノは貴女も、と誘ってくれる。でも。
「ごめんね。それは出来ない」
「っ、そう、ですよね。サラ様にはサラ様の考えがありますもんね」
「うん。そう。…でも、そうねぇ」
大魔闘演武が終わったら、色々と落ち着く気がするから。その時は私とデートしない?飲みに行く約束もしてるし。そう言って茶化すように笑えば、ユキノはまた涙を溢れさせながら、私で良ければと笑みを零した。
そう、私は私はまだこのギルドから抜け出せない。それが私の役目≠ネのだから。
◇ ◇ ◇
ユキノ視点
「それでは、私はこれで」
そう言って、私は頭を下げた。荷造りをし終えギルドを出て行く私の見送りは、サラさんだけ。
「サラ様」
「ん?」
数歩進んで、少し迷った後で彼女に声を掛け振り向く。それになんだろうと見つめられながら、再度問いかける。
「貴女みたいな優しい人が、…どうして此処に?」
「……ひみつ」
静かに笑ったサラ様は、どこか寂しそうだ見えて。きっと何か理由があるんだろうと、それでも私に話してはくれないのだろうというのは理解したので。
思考を変えるように小さく首を振って、わらう。
「そうですか。…また」
「ふふ、うん。…またね」
ギルドセイバートゥース。
実力が全てだったその世界で、少しの間だけど友人として優しくしてくれた彼女。そんな彼女はまるで太陽のようで。
「ありがとうございました」
「…気をつけて」
そうして、私のセイバートゥースでの人生は終わったのです。ああ、呆気ないものでした。
まだ苦しく辛いけれど。それでも少しでも前を向こうと思えたのは、サラ様の言葉のお陰。
◇ ◇ ◇
ユキノがギルドを後にして、その背が見えなくなるまで見送ったあと宿に戻る。カツカツとヒールの音が響いて、サラリと真紅の髪が風に攫われて靡いている。
コンコン、彼の部屋に辿り着き扉を数回叩いてから声を掛ける。
「スティング」
すると、足音が近付いてから扉が開く。シャワーを浴びていたのか、彼は上半身裸で下のみ着用。ぽたりぽたりと、首元に巻かれたタオルに雫が落ちていく。
「どうぞ?」
部屋に招かれたので部屋に入り込んで、扉が閉まる音と同時に首元のタオルを引っ張り、口付けた。
色素の薄いまつ毛が、数回瞬く。それに目を細めて、瞳を閉じた。
甘えるようなそれに応えるように口付けられて、べろりと唇を舐められる。ぴくりと肩を揺らしつつゆるゆると開けば、入り込んでくる熱。
「……誘ってる?」
「そうね。…寒くてたまらないの」
そうやって誘って、煽られて。そのまま寝室に連れて行かれて、そこからはただひたすらに熱に浮かされるままにベットに沈みこんだ。
どうしてそんなに寂しそうで傷付いた顔で誘うのか、なんて。そんな事を聞いたら貴女は俺の手から離れて行ってしまうのでは、なんて嫌な予感がしていて。結局喉に掛かった言葉は呑み込んで。
寒いのだと言う彼女を愛せばいいのだと、それは理解しているので。そこからは男と女の簡単な話。
ただひたすらに。その体をあたためるように、あいしあった。