シュガー・キス

 それから。話がしたいと連れ出され、私たちは今バルコニーに居る。

「サラ、あ。えっと、アイヴィ、さん?」
「どちらでもいいよ。…あと敬語もさんもいらない」
「そっか。…なぁ、1つだけ。聞いてもいいか」
「なぁに?」

 ふわりと、小さく風が吹く。少し遠くに見える木々が風に誘われ揺れている。

「どうして、オレとずっと関係を持ってたか、聞いてもいいか」
「…、」
「聞きたい。サラ。教えてくれ」

 ぎゅっと、祈るように縋るように手を握られて見つめられる。その真っ直ぐな視線からゆっくり目を逸らして、落とす。

 何度も何度も隠そうとした、言葉を。


「好きに、なってしまったから」


「…、」
「あの日、どうしようもなく寂しい時。ずっと傍にいてくれた。私から体の関係を強請ったのに、酷くしてって言ったのに。馬鹿みたいに優しくて」

 その日はちょうど、フェアリーテイルのメンバーが姿を消してから数年が経った日だった。

 彼らの死に耐え切れなくなった私は、無茶な任務を繰り返して……その任務先の事故で重傷を負い記憶を無くして、そのまま評議員に保護された。それからはサラ・ミンディとして過ごしてきて、アイヴィとしての記憶を思い出した時には、もうセイバートゥースにいて。今更フェアリーテイルに戻る気力なんて無くて。

 記憶を全て思い出した夜。居酒屋で浴びるように酒を飲んで、そこでバッカスと出会って。飲み比べして負けて、ベロベロに酔っ払って喰われそうになったところをスティングが助けてくれて。

 その夜、ハジメテ寂しさに溺れて体を明け渡した。


「気付けば好きになってた」


 不器用な性格も、優しく触れる手つきも、実は寂しがりなところも、根は真っ直ぐなところも。

「スティングだから、好きになった」
「、」
「でも、私は」

 スティングには不釣り合いだから。そう言葉にしようとした音は、スティングに飲み込まれてしまった。……キスをされた。

「……なんで?」
「オレも、サラが…アイヴィが好きだ」


 はくり。
 息を呑んだ。


 知っていたはずだった。スティングから好意を向けられているのは理解していた。でも、どうしてだろう。本当は知らなかったのだと理解した。だって、こんなにも愛しさの込められた言葉を、瞳を、向けられたことが無い。

「今年、大魔闘演武に優勝したらちゃんと言葉にしようって、告白しようって思ってた。でも、こんなことになって。…でも、良かったかもしれねぇ」
「、」

「なぁ、サラ。……アイヴィ。愛してる。…逃げないで。これからもオレの傍にいてほしい」

 もう駄目だった。

 溢れる涙を止められなくて、両手で口元を覆う。止まらないそれがもう既に答えてるようなもので。

「っでも、私…っ!騙してたの、ずっと、スティングも、皆も……!」
「うん。でも、それが仕事だったんだろ?」
「っわ、私、」
「でも、その仕事がなかったらオレたちはこうして出会えてないだろ?」
「っ!……でも、でもっ」
「……なあ。覚えてるか?初めてオレたちの任務が同じになった時。あの日さ。お前のその強かで寂しがりな目に見てほしいって、写りたいって思ったんだ。……初めはそんだけ。でもさ、それから、ずっとずっと好きなんだ」

 なんて優しい言葉。欲しくて欲しくて仕方のなかった言葉。誰かに、私を見てほしかった。見つけてほしかった。


「なぁ、オレから逃げないでくれ」


 本当はずっと。
 寂しがりな私を、見つけてほしかったの。 

「っ、狡い…!」

 そんな事を言われたら、答えたくなってしまう。答えて、しまう。

「私、私もスティングが好き。大好きなの…っ!」
「…っオレも。愛してる、アイヴィ」



 二人の距離が縮まり影が重なる、瞬間。


「今良いとこなんだ!静かにしてくれ!」
「エルザもな!」
「ちょっと押さないでっ!」
「重いぞルーシィ!」
「うるさいわね!」
「あっ、こらやばっ!」

 雪崩のように落ちてきたのは、パーティーをしていたはずの皆。ポカンとしたのは一瞬で、すぐさま顔に熱が登る。

「な、なん、」
「…いつから聞いてた」
「あ、あは。アイヴィの好きになってしまったから≠ゥら」

 もうそれ初めからじゃない!?そんな前から!?穴があったら入りたい!

「何はともあれやっとくっついたな…」
「そうだね。私の記憶からしても二人は中々不器用でじれったかったからね」

 なんて、ローグとルーファスに言われたらもう駄目。恥ずかしくて耐えられない。真っ赤であろう顔を覆って唸っていれば、その手を取られ唇に触れる熱。スティングに口付けられた。

「サラ、いや、アイヴィはオレの女だからな!取るんじゃねーぞ!」

 理解すると同時に聞こえた声に、ボフンと脳が爆発する。

「っ、」
「あら、アイヴィったら顔真っ赤ね」
「どぅえきてぇるぅ」
「ルーシィ、ハッピー、やめて…」

 嬉しい。嬉しいけど、ここまでしてやられてばかりなのは気に食わなくて。ここまで来たらもう彼の腕の中に収まってやろうかと笑って。そして。浮かれているその耳を引っ張って言ってやる。


「来年にはもう1人、チビちゃんが増える予定なんだけど。…それでも受け入れてくれる?」
「は、…はぇ!?ど、…えっ!?」


 そう言ってお腹をなでるように笑えば、面白いくらいに狼狽える。してやったり、ってやつね。
 そう。この前の謎の一分間から気になって産婦人科に行ったところ、現在妊娠3ヶ月だそうで。


「っふふ、これからもよろしくね?パパ=v


 お腹を抑えながらもそう言えば、周りの声が大きくなる。え!?おめでとう!?なんて号泣してるエルザやルーシィに、性別を聞いてくるグレイ。まだ分からないけど多分男の子な気がする、なんて答えて。いつ産まれんだ!?とキラキラした目ではしゃぐナツにはまだまだ先だと笑って。


 それから。我に返ったであろうスティングに目一杯抱き締められる。

「っ、嬉しい。嬉しいよ、どうしよう!?なぁレクター!ローグ!どうしよう!」
「あはは、ひとまずお2人で幸せになってください、ね!僕は応援していますからね!」
「ははっ、スティングの奴泣いてるのか?」

 僕はお兄ちゃんですかね!なんて期待してるレクターや、珍しく大口あけて笑うローグだとかがおかしくて。くふくふと笑いが溢れる。



「ゼッタイ、ゼッタイ幸せにする!」
「っふふ、私こそ幸せにするわ。スティング」


 幸せな気持ちで死んでしまいそう!なんて2人で笑って。私は、スティングにめいっぱいの愛をこめて口付けを贈った。
 
 
 
 アイヴィからのキス、そして満面の笑顔。あまりにも可愛い彼女にいっぱいいっぱいなスティング。


 苦味のあるビターキス?

 いいえ。本当は、初めから甘さたっぷりのシュガーキスを貴方に。

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