寂しい夜

 夜。クロッカスガーデン。

「スティング、ローグ。あのザマは何だ」

 ナツの強さに完敗だったと言うローグに、マスターはそんなことを聞きたいのではない、と言いたげに立ち上がる。その拍子に、机に置いてあったグラスが倒れ込む。

「最強ギルドの名を汚しおってからにっ!貴様等にセイバートゥースを名乗る資格は無いわ!消せ!ギルドの紋章を消せ!我がギルドに弱者は要らぬ!負け犬は要らぬ!」

 癇癪を起こしたかのようにスティングとローグへ蹴り殴りの暴力を振るう。しかし、そんな二人を見ていられなかったのか、レクターがマスターに声をかけた。

「まあまあ、マスター。スティング君もローグ君もがんばりましたよ。今回は負けちゃったけど、僕はスティング君を誇りに思います。僕は思うのですをひとは敗北を知って強くもなれるって。スティング君は今回の戦いで多くの事を学びました」
「……誰だうぬは」
「いやだなぁ、マスター。僕だってここにセイバーの紋章を入れたれっきとした…」
「なぜに犬猫ふぜいが我が誇り高きセイバートゥースの紋章を入れておる」

 嫌な予感がしたのでレクターの側に踏み出して、叫ぶ。

「っレクター!」
「きええぇい!」

 しかし、伸ばした手のひらはレクターには届かなかった。……間に合わなかった。


「スティング…く、」
「レクターー!」

 レクターが、消えた。


 ボロボロと涙を零すフロッシュの声が耳に入り、ローグの名を叫ぶ。わかっている!と言われたのでフロッシュは大丈夫だろうと踏んで、そちらを心配することなく私はスティングの傍に向かう。

「目障り目障り。猫が我がギルドの紋章など入れてからに…」
「お言葉ですが、マスター。貴方はスティングとローグも破門にすると言ったように聞こえましたが、彼等は貴重なドラゴンスレイヤー。そして、これからまだまだ伸びしろのある若者。自分勝手に捨てて、後悔をしても知りませんよ」
「黙れ、きな臭い小娘が」

 ギッと睨みつけながら啖呵を切れば、案の定苛ついたマスターに殴られされそうになる。

 しかし、それより。

「なんてことを、あんたは、なんてことを…!」
「黙れ!たかが猫1匹」

 スティングがマスターの腹を貫くほうが、早かった。

「よくも…よくも、レクターをっ!」
「スティング、落ち着いて…!」
「それでよい。父上の恐怖統制は今ここで終わりを告げよう。父上の力をも超えるスティングこそ新たなるマスター候補に相応しい」

 ミネルバの発言に異を唱えるマスターだったが、自論に従うのならそんな権利などないだろう?とミネルバは笑う。

「スティング…そなたに無く、ナツという者にあるもの。それこそが想いの力=B知らず知らずの内に父上に感化されていたようだな。仲間など要らぬ∞力こそが全て=c…だが、そなたの本質は違う。レクターを思う気持ちが力になる。そなたはそなたの力を手に入れたのだ。其方はナツをも超える」

 しかし、レクターはもう…そんな言葉に、ミネルバはケロリと生きていると答える。

「妾の魔法で別の場所へと飛ばした」
「ありがとう!ありがとうお嬢…!早くレクターを元に戻して…本当に…うぐ、ありが…と、」

 力が抜けたように座り込み、溢れ出る涙を拭うスティング。そんな彼の背を支えながら、私はミネルバに問う。いやらしい笑みを浮かべている貴女が、簡単に話をレクターを返してくれるとは思わない。

「…すんなり返してくれる気…ある?ミネルバ」
「ふ、無いな。…スティングよ、甘えるな」

 案の定、返してくれる気なんてないようで。大魔闘演武で優勝するまでレクターは返さないと言った。

「何言ってんだお嬢…!頼むよ…、今すぐレクターを返して……っ」
「妾は父上とは違う。…しかしセイバートゥースのあるべき姿が天下一のギルドであることに変わりはない。そなたは手に入れた力を証明せねばならん。勝つ事で民に力を誇示せねばならん。
 愚かな考えは起こすでないぞ。レクターの命は妾が握っておる」

 言い返そうとして、レクターを人質に取られたも同然なスティングは黙り込み、分かったと頷いた。

 満足したミネルバがこれにてこの場はお開きだと告げ、散らばってくギルドメンバー。


「スティング、部屋に行こう。少しでもいいから休もう?…ローグも休んで」
「ああ。…スティングを頼む」
「うん。わっ!?スティング?」

 グッ、と片腕を力強く引かれ、早歩きで進む先はやっぱりスティングの部屋。
 荒れてるな、気休め程度でもいいけど落ち着かせないと、どうやって慰めよう、なんて思考を飛ばしていれば、スティングの部屋に着いた途端ベッドに投げ飛ばされる。

「っわ、っちょ、ま、待って!さすがに落ち着こう!」

 上着を脱いで私のお腹に座り込み涙を零し続けるスティングに、さすがに待ったをかける。


「ごめん、でも、…っごめん、……こんなの、耐えられそうにない」

 でも。たったそれだけの言葉で、とてつもない寂しさと苦しさと、悔しさと、不安を……全てを汲んでしまった。きっと酷くされるし、我に返った時にお互い後悔するだろうと分かっていても、結局私は仕方ないなんて顔で笑ってやるしか出来ないから。

「良いよ、スティング。寂しいのは、辛いでしょう」
「っ、…ごめん」
「んーん、いいよ。……おいで」

 それを合図に引き寄せられる唇。ほんの数回触れ合うだけのキスをして、すぐさま舌が滑り込んでくる。ん、と勝手に漏れる喘ぎ声を抑えることなく熱を感じていれば、その大きな手が服を弄って肌に触れてくる。

 
 そうして。
 揺さぶられる意識の中、何度目かわからない果てに敏感な体を落ち着かせていれば、微かに我に返ったであろうスティングに何度も謝られる。

 ごめん、ごめん。

 そう言ってボロボロと涙を零しながら、「サラ、俺が守るから」なんて。祈るように、縋られるように言われたら。嗚呼これは許してしまうなと。

 ……好きだから。
 私もスティングの事を守りたいのだと。


 何年も呑み込み続けているその想いを言葉にすることなく、狡い私は今日も貴方と肌を重ねる。

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