馬鹿な男
フェアリーロウが、発動した。
……はずなのだが。
「……げほっ、けほ」
「そ、そんなバカな…!なぜだ!?なぜ誰もやられてねぇ!!?」
どうやら不発に終わったようだ。
げほげほと噎せながらもお互いの無事を確認し合っているナツとレビィ、ガジルに、面白いくらいに狼狽えている。……つまり。
「魔法は、素直だねぇ!
意地張るの、そろそろ限界じゃないかい!?」
「っぐ!!」
唖然とフリーズしたラクサスの隙。それを見逃すわけもなく意地で持ち直したマーリンは、思い切り振りかぶるとその頬に蹴りを入れた。
「もうやめよう、ラクサス!!」
マーリンとフリードの言葉に、ラクサスはさらに暴走していく。もう、止まれないと言いたげに。もう、遅いのだと。
「黙れ黙れ黙れ黙れッ!!!!ごちゃごちゃ、うるっせぇんだよ!!!!なにも、知らねぇ奴等が!!」
「ぐっぁ」
「マーリン!!」
その大きな手が、マーリンの首を締め上げた。
酸素を求めて勝手に口が動き、自然と目に膜が張る。首に回った大きな手を剥がそうともがいて。でも力には敵わなくて。意識が遠のいていき、力が抜けていく。
こわいはずなのに。
……でも。どうしてだろう、とマーリンは無意識に小さくわらった。
「ァア!?何笑ってッ」
ラクサスが何か喋っているけれど、酸素の回ってない頭は音を言葉と認識していなくて。霞んでいく視界の中、私の手は無意識にラクサスの頬に伸ばされていた。
「なにが、キミっ、を、そう、させる……ッ?」
だって、きみ。
いまにも、なきそうなかおをしているよ。
ーーぽたり。
そう言って、苦しさから自然とあふれる涙がマーリンの頬を伝い。ラクサスの腕に落ちたら。
「ッ!!クソが!」
ラクサスは一瞬、一瞬だけ何かに怯えるような顔をして、細い首を掴んでいた手を離した。その拍子に放り投げられ壁に盛大にぶつかり、痛みと酸素にむせる。
「っヒュ、げほっ!」
「マーリン!!クソ、ラクサスてめぇ!やっていいこととわりぃことがあんだろ!!」
「ア!?……は、しつけぇ。うざってぇ。なあ、そろそろ墜ちろよ、ナツッ!!」
「いい加減にしろよラクサス!!何が、お前をそんなにっ!!」
「ハッ、ハハハハッ!オレは、オレだ!!ジジィの孫じゃねえ!!ラクサスだ!ラクサスだぁーーー!!!!」
「皆知ってる。思い上がるなバカヤロう。じっちゃんの孫がそんなに偉ェのか。そんなに違うのか。血の繋がりごときで吼えてんじゃねえ!!ギルドこそがオレたちの家族だろうが!!!!」
そうして、炎と雷の光を纏ったドラゴン二頭はお互い引けない信念を胸に戦いを繰り広げる。
「マーリン、大丈夫!?」
「っふ、ぅ。な、んとか、げほっ」
打ちどころが悪く痛む背中と遠退きそうな意識にもう少し耐えてくれと祈り、よろよろと起き上がる。そうしてマーリンは、レビィたちと共にナツと戦うラクサスを見上げた。
ボロボロになりながらも、手を足を、拳を魂をふるわせる男たち。
「……嗚呼」
「まだ、立つのか…」
「もうやめて、ナツ…死んじゃう…っ」
喉が震える。魂が、揺さぶられる。
どうしてこんなことになってるのだろうなあ。
きみは、こんなことをして、なにがしたいんだろう。こんなことをした果てに何があるかなんて、賢いきみなら分かるだろうに。……それとも。それすら分からない程、追い詰められていたのだろうか。
「ガキがあ…!!跡形もなく消してやるァ!!」
「よせ!今のナツにそんな魔法を使ったら……!!」
フリードが、吠える。その魔法は確かに今のナツにはキツイだろう。……でも。視界の端で、男が動いた。ああ、きっと。彼は、
「雷竜方天戟!!!!」
「殺す気かぁっ!!」
放たれた雷が、ナツに当たる直前にカクンと不自然に方向を変えた。雷の向かう、その先には。
「ガジル」
「行けッ、サラマンダー!!!」
良い、男だ。仲間を庇える男。
きっと、その根っこの部分は廃れてない。
そんなことを思いながらもゆらりとレビィの腕から逃れて。君を目掛けて、駆けていく。やっぱ、一発入れてやんないと気が済まないから。
「ナツ!!」
「ッ火竜の……」
ばちりと視線の交わったアタシと、ナツ。
お互い言葉は不要だろう。あとは、ただ。
仲間を、家族を。正気に戻すだけだ!!
鉄拳、鉤爪、翼撃、砕牙。
ナツとマーリンの技が、休む間もなく繰り広げられる。避けることも叶わずモロに喰らっていくラクサス。
「その魔法、竜の鱗を砕き、竜の肝を潰し。竜の魂を狩りとる……」
滅竜奥義……
「紅蓮爆炎刃!!!!(ぐれんばくえんじん)」
「氷龍ノ舞!!!!(ひりゅうのまい)」
ドオン!と大きな音を立てて。ナツの纏う炎とマーリンの纏う氷が、ラクサスに直撃した。
そうして。ゆらり、と倒れていくその体。
「オオオオオオッ!!」
ナツが。吠える。
ドラゴンの慟哭がひびく。
ラクサスは、その足元で気絶していた。
その光景を横目に。気力体力共に使い果たしたマーリンは、それでも辛うじて残っていた力を振り絞って、気絶したラクサスのそばにしゃがんだ。
そして、完全に気絶しているその男の額をビシッ!と弾いてやった。
「う、」
レビィの悲鳴だとか、フリードのドン引いたいた声だとかは最早耳に届かないくらい遠くて。
小さく呻き声をあげたボロボロの男を目の前にしたら、勝手に顔が歪んだ。
「……やりすぎだよ、馬鹿」
マーリンは、優しくその頬を撫でた。
言いたいことは山程あった。けれど、気絶してる奴に言っても無駄だと理性で分かっているし。一発どころかいくつかモロに喰らわせてやったから、気は済んだし。……ああでも、その“苦しみ”に寄り添えなかったのは、一生の後悔になるだろう。
「……ラク、サ…ス、」
諸々限界であったマーリンは、数秒後その体に凭れ掛かるようにして気絶した。
「きゃあー!マーリン気絶した!!」
「っすぐに運んで…ってナツも気絶した!?」
「ど、どうしようっ!!三人も運べないよぉー!!」
そうして。
主催者であるラクサスの気絶により、怒涛のバトル・オブ・フェアリーテイルは幕を閉じたのである。