不器用なふたり
結果として。やはりラクサスの破門は覆せるものでは無く、彼は去っていった。
雷神集は酷く落ち込んでいたが、さて。それよりも。アタシはミストガンのことをエルザに説明をしないといけないね。
現在ギルドから離れた、フェアリーテイル女子寮。エルザの自室。寮にある自室に帰る前に、引き留められたのだ。
「……ミストガンのことだが」
「うん。話すよ、ちゃんとね。と言っても、仲の良いアタシも“全て”を知ってるワケじゃない。それに口止めされてる事もある。……それでも良い?」
「ああ。構わない」
アタシが知ってるのは、ミストガンが“異なる世界の住人”であること。世界各地の“魔力”の調査をしていること。……言ってしまえばそのくらいだ。
別に、全てを話すことが仲間の証では無いからね。秘密があっても、アイツはアイツだから。アタシは、そのくらいで丁度良かったのさ。
「だだこれだけは言える。彼は“エルザの知るジェラール”では無いよ」
「…………そうか」
「すまないね。これ以上はアタシも分からないんだ」
「ああ、いや。それならば仕方ない」
顎に手を当て考える仕草をして固まっていたエルザだが、しばらくしたら自分の中で折り合いを付けたのか、すんなりと受け止めてくれた。
「……それより、お前はもう決めたのか?」
さて話も終わった事だし、と腰を上げれば。そんなことを聞かれるので。なんでもお見通しだねぇ、と笑う。
「ああ。決めたよ」
そう、決めたんだよ。
今のアタシは、数年前のアタシとは違うから。
「もう、アイツから逃げないって」
「……ふ。そうか。気をつけて、な」
□ □ □
ラクサスは長年帰る場所であったギルドを破門となり、旅に出ることにした。
父親の元へ行こうとも悩んだりしたが、親とか家族とか仲間とか、そういうしがらみのすべてを考えずに見て回りたいと思ったので。ただ、何も考えずに。気になったところへ向かってみようと思ったのだ。
去り際にファンタジアを目に焼き付けていれば、ふと気付く。一番探していた女が見当たらない。
それなりに怪我も酷かったし、と思いつつも、あのくらいでヘバる女ではないとも分かっていたので。出ない理由としては自身のせいか、と当たりをつけて。
そうして壁に背を預けながらもパレードを見ているラクサスに、気さくに話しかける声。
「やぁ、お兄さん。寂しそうな顔をしているね」
「……は、お前、」
フードを被って荷物を持った、探していた女が目の前に。
女、もといマーリンは、その瞳を三日月にして楽しげに笑った。
「ふふ。丁度、暇しててさあ。一緒に連れてってよ」
「……なんで、」
当たり前に付いてくる気の女に、どういう風の吹き回しだと問いかける。純粋に疑問と、戸惑いしかなかったからだ。よく見れば女の体に、包帯が無い。わざわざ治療して万全な状態で来たのだろう。
すると、目の前の女は、自身ですら困ってるのだと言いたげにはにかんで、頬をかいた。
「……さあ、なんでだろうねぇ」
ちらり。女の視線が、自身の背後にあるパレードに向かった。
「一人旅でこそ得るものがあると思うから、ちゃんと見送ろうと思ったんだけどさ。まあそれだとちょっとアタシの気持ちが伴わなくてさ。……アンタを独りにしたくないって思っちゃったんだよねぇ。だから、追い掛けてきた」
「っ」
「あと単純にあれだけの言葉で勝手に“終わらせよう”としたのが気に食わなくて。アレ、どんなつもり?………あんな触れ方して分からないと思ってるなら、怒るから、ね……っ、?」
一人でもごもごと言い訳のようなことを言っているマーリンの耳が赤らんでいるのに気付いてしまった。
そうしたらもう、なんだか、たまらなくなって。気付けばその細い腕を引いて、自身の腕の中に抱きこんでいた。
「んむ、ちょ、くるしい」
「……は、ばかやろうがっ」
「何よ、今さらっ……」
肩に埋もれたその顔が苦しいのだと言って、尚も何かしら抗議しようとするので。
一度離れて、それから唇を寄せた。
ぱち、と。
二人の瞳が、至近距離で交わる。
音も無く離れた熱に、マーリンの顔は林檎のように熟れていく。顔を覆って大きな溜息を吐いたと思えば、オレの肩に頭をぶつけてくる。
「なんでキスしたの」
「……ずっと。諦めがつかなく、て。……いや、悪い、気が緩んだ」
そういえば今はただの仲間だったなと間違えた距離感にハッと我に返り離れようとすれば、その腕を止められる。
「マーリン?」
「……嫌だったら、殴ってるんだけど?アタシは、安い女じゃないの。知ってるでしょ」
「は」
そうして分かってしまった事実に、なんだかもう色々と呆れるしかなくて。大きな溜息をつきながら、腕の中の女を強く抱きしめ直す。
空回ってしまっていた自分と、彼女との意見の相違から彼女のことを諦めてしまっていた自分と、昔と変わらない彼女の反応に満更でもない自分と。色々。それはもういろんな感情が詰まった溜息。
「……相変わらずイイ女だよ。お前は」
「……ンフ、ふふふ。アンタのその不器用なとこは相変わらずだね。…………ふふ。アタシは、……もう。そんなアンタから逃げないことにしたから」
「は?」
なんのことだと眉を顰めれば、マーリンは。オレの腕をとんとんと叩いて、誤魔化すようにパレードに目を向けさせようとする。
「パレード、しっかり目に焼き付けようよ。……ホラ、アンタ大好きだったでしょ?おじいちゃんの出る、パレード」
「………ああ」
腕の中のコイツから出た、「マスター」でなく「おじいちゃん」という呼び名に。「ラクサスのおじいちゃん」、という、マーリンにとっては、フェアリーテイルのマスター、でなく、ラクサスのおじいちゃん、が先にくるのだという認識に、胸がくすぐったくなる。
眩いパレードを目に焼き付けていれば、ふと。かつて祖父にとあるポーズを見せたことがあったな、と遠い昔の記憶を思い出した。それでも、それらすべてをひっくるめて、大切な記憶にして。
「行くか」
「……うん、もういいの?」
「ああ」
名残惜しそうなマーリンの手を引いて静かに歩き出せば。
「ら、ラクサス、」
「……はっ、……!!」
立ち止まる女の声に釣られるように、振り返る。そして、ソイツが見る先を見て、息を呑んだ。
嗚呼、と喉が震える。
たとえ姿が見えなくとも
たとえ遠く離れていようとも
ワシは、わたしたちは
いつでもおまえを、あなたを見ている
おまえを、あなたをずっと
見守っている
皆が同じポーズをしているその光景を、目に焼き付ける。
オレたちは気付けば、お互いの震える手をつよく、つよく握っていた。
まるで昔共に野原を駆けた頃のように。昔、パレードで共に掲げた手を思い出すように。
「ねぇ。ラクサス」
「、」
「あったかいね。ここは」
「……当たり前だろ、ここは。フェアリーテイルだからな。………ありがとな、じーじ。……また、な」
それから。景色を見つめていたラクサスは、踏ん切りをつけて、マーリンの手を引いて、歩き出す。
その後ろ姿がなんだか寂しそうだったので。目の前の男の腕に手を絡ませてやれば、アタシの行動が意外だったのか一瞬ハッと息を呑んだあとに、満更でも無さそうに顔を覆うから。なんだか可愛くて、思わず笑ってしまう。
「……はァ、物好きめ」
「ふふっ。ブーメランなのに気づいてる?…さて、どこから行く?しばらく一緒にいるつもりなんだけど。時間はたっぷりあるし」
「……とりあえず、気が向くとこまでしばらく歩く。乗り物は好みじゃないからな」
「アハッ、イイねぇ。アタシら乗り物弱いからねぇ。…ふふっじゃあ、出発っ!」
一等大切で、一等愛しくて。
そんな特別な存在が屈託なく笑っていて、すぐ傍に居る。
それは決して当たり前の事ではないのに、少し前の自身は愚かにもそれが当たり前の事だと思っていた。
失って離れてから改めてその存在の愛しさが増すなんて、恋とはなんて難しい。
それでも、恋に焦がれて愛を願って報われた。
これはそんな男と、そんな男に振り回された女の、不器用な愛の話。