絶えぬ花

 不本意ながら、ラクサスのせいで怒涛のバトル・オブ・フェアリーテイルとなってしまった収穫祭のミスコン。癇癪を起こしたかのように暴れ回るラクサスを止めるためにマーリンとナツ、さらにはガジルが共闘した結果。

 ラクサスは気絶し、ナツの勝利で終わった。



 そして、今はその翌日。

 一時は危篤状態だと言われてしまったマスターだけど、ポーリュシカさんのおかげで一命はとりとめたそうだ。まあそれでもお年もお年だしあまり無理はさせられないな、とホッと息を付く。

 ラクサスのせいでボロボロになってしまったアタシたちに、病み上がりのマスター。こんな状況だが、収穫祭でのファンタジアはしっかり参加するらしい。敢えてこんな状況だから≠チて考え方もあるわよねえ、なんてミラと顔を合わせて笑う。

 ちなみに怪我の具合でいうと、ラクサスと対峙したアタシとナツとガジルが主に重傷だ。
 アタシは包帯まみれにしては松葉杖程度で比較的軽症な方だけど、ナツとガジルは包帯ぐるぐる巻きな上に歩くことも困難そうだ。そこはまあ経験と実力の差、ってやつ?だいぶ厳しかったけれどねえ。

「でもまあこれで…ギルド内のゴタゴタも、一旦片付いたワケだ」
「そうだねえ。ひとまず、片付いたついでにワインでも飲もうかね。ミラ、いつものワインどこ?」
「はいはい。すぐ用意するわね」

 棚からワインを取り出し、テキトーにグラスを用意してくれるミラ。いつもの空気に戻ったかな、と小さく息を付きつつカウンター席に腰掛けてワインを煽れば。


「ラクサス!!」
「……おや」


 ギルドに顔を出したのは、今回の事件の首謀者こと反抗期マン。ラクサスだ。

「ジジィは?」
「てめぇ…!どのツラさげてマスターに会いに来やがった!?」
「そーだそーだ!!」
「よさないか。……奥の医務室だ」

 エルザに聞いた通り医務室に向かうラクサスの前に、勢い良く割り込んできたナツ。

「んぐぁーー!!ふぁぐあぐー!!」
「…。」

「ありゃ。ナツ」

 ラクサスを指差したと思えば、何かをまくし立てている。まあ、包帯のせいで何言ってるのか解読不能だけどね。

 何故かナツの言いたいことがわかるガジルに通訳してもらったところ、三対一でこんなんじゃ話にならねぇ、次こそはゼッテー負けねぇ。いつかもう一度勝負しろラクサス!!≠ニのことだ。確かに今回は勝ったが、それはガジルやナツのサポートがあったからだ。

 ……同じS級と言えど、実力差や男女の体力差、リーチ差やパワー差はどう頑張っても敵わないからね。アタシもアタシで今回の件ではそれをしみじみ感じた、ってところだ。うん、普通に悔しいね。

 そんなことを考えながら、視線は自然とラクサスの姿を追いかける。

 体のあちこちに包帯を巻いて、それでも静かに立つその姿。どこか気の抜けた、と言うとアレだが。なんだか昨日会った時よりやわらかな……憑き物の取れた顔をしているので、少しだけ目を細めて見つめてしまう。

「ふあぐあぐ!!(ラクサス!!)」

 ナツをスルーしたラクサスが、微かに目尻を緩めているのを見てしまった。その事に少しだけ驚いてしまったので少し目を瞬かせてしまう。
 そうして、無意識的にラクサスをじっと見つめていれば。その瞳と目が合った。

「…。」
「…。」

 でも、目が合ったのは一瞬で。ふ、と視線を先に逸らしたのは、ラクサスだった。


 ズキリ。


 それに傷んだ胸に、はて、と首を傾げる。かと言って、それが分からないほど子供でもない。

 昔からいつも、その瞳に睨み付けられることは良くあった。それはラクサスの昔からの癖のようなもので、タダ目付きが悪いだけだといえばそこまでだけど。そうでないことは、その瞳の色が語っていたので。その瞳に込められた憎悪のような執着のような何か≠ゥら目を逸らしていたのは、いつもアタシだったから。


「マジかあ」

 ……どうやら、あの頃萎れたはずの花は、まだ絶えていなかったみたいだわ。


 気付いてしまった衝撃に眩みそうな脳を誤魔化すようにぐびりと一気にワインを煽れば、カナが絡んでくる。

「お!イイ飲みっぷりじゃんか、マーリン!ワインもねぇ、美味しいよねぇ!!」
「カナも相変わらず酒豪だねぇ。飲み比べ、するかい?」
「珍しいじゃないの、アンタから誘ってくれるだなんて!飲むわよ飲むわよー!!ミラ!お酒!!」

 ミラに声を掛けるカナに釣られて、チラホラと俺も私もーー!とノッて来る。騒ぐのが好きな奴等が多いの、たまんないわよね。このギルドの、この陽気な空気が大好きなんだ。

「はぁい!ちょっとまってね。……って、あら?マーリン、何かイイ事でもあった?」

 なんだか嬉しそうな顔をしたミラにそんなことを聞かれるので、片手でワインを揺らしながら誤魔化すように笑う。

「んーや?……ちょっと、これからについて考えてたトコ」
「……ふふ、何かスッキリした顔してるわね」
「……まあ、問題児が片付いたからなあ?飲みたくもなるわ」


 隣でお酒お酒!と浮かれるカナに抱き着かれながら、やって来たグレイと軽く話しながら。お気に入りのワインをぐびーっと煽った。

「ああ、そうだ。蔵にもっとワインあるよね?ちょっと待っててちょうだい、アタシが見てくるわあ」
「あら、私が見て……いえ、そうね。お願いするわ」

 申し出てくれたミラだけど、きっとアタシが行く場所が分かったのだろう。ひらりと手を振って、目的地に向かうことにした。

「毎度毎度気が利くいい女だこと。……まあ、助かるんだけど」


 □ □ □


「ラクサス、お前を破門とする」
「…っ」

「……。」

 ラクサスが破門にされるタイミングで、アタシはドアの向こうで壁に背を当てて、聞き耳を立てていた。聞くのは、やめた方が良いとは分かっていた。けど、このタイミングを逃すと……なんだか話せそうに無くて。

 そうして。ソイツはマスターの部屋から出てきた際、通り道にいるアタシがが視界に入り足を止めた。まあでもアタシかいるのには気付いてたのだろう、気配消さなかったし。

 でもアタシは言いたいことがあったワケじゃない。ただ、どうしてか会わなきゃいけないと思ったから。ここに居た。だから、特に意味もなくじっと見つめてやれば、ソイツはなんだか気まずそうに口をもごつかせるから。何かしらと小首を傾げれば、目の前の男は、大きなガタイのわりにしおらしく目を伏せるので。


「……色々、悪かったな」

 は、と息を呑んだ。


 目の前の男は、じっとアタシの首元を見つめて。それから、アタシの頬の傷を惜しむように一度撫でてから、背を向けてひとりで行ってしまうのだ。

 混乱したアタシを置いて勝手に納得したように歩いてくソイツ。言いたいことや聞きたいことは山程あった。あったはずなのに、何でか喉が痛くて言葉にならない。



「…、」

 撫でられた頭を押さえ、ポカンとした顔のまんまフリーズしたマーリン。彼女は、去っていく背中を見ながら、勝手にこぼれ落ちそうななにかを押し込めて。

 とある決意をした。

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