愛しき小さな命

 十月十日。自分は悪阻がキツイタイプの妊婦だったから、本当に大変だった。
 お腹の子は何度調べても目一杯元気なんだけど、母体の私が思ったより参ってしまいボロボロで。食事もまともに取れなくて。酷い時はフルーツゼリーやジュースだけで食事を済ませて、必要最小限の栄養だけを口にしてしのいでいた。

 それでも、生まれてきてくれた我が子を見たら今までの苦労とか不安とかすべてが吹き飛んだ。

「嗚呼、可愛い、...可愛いねぇ」

 可愛い。とにかくもうたったそれだけの感情しか湧いてこなかった。
 お母さんたちは、元気にスルッと生まれた子を見て 瞬間、顔立ちがすごく私に似ていると言って笑っていた。それでも、髪色や目の色はグレイに似たから。貴 方の色を残せて、少しの辛さと目一杯の嬉しさが胸を締め付けた。

 そして、子育てをしつつ仕事と家事をしつつの生活は中々大変なもので。なによりシングルマザーなのもありギルドの仲間や両親、とりあえず沢山の周りの皆に支えられた。
 両親は元々それなりの資産家で、まあそれなりに裕福に育ってきた自覚があるんだけど。そんな両親はとっても親馬鹿で。二人の間に生まれた、ひとりっ子の私に目一杯愛情を注いで育ててくれたから、グレイが不在になり彼との子供を生む際は揉めに揉めた。
それでも、最終的には馬鹿な娘を放り出さずに受け止めてくれた。まあお父さんは「グレイくんには一発入れてやらんとならんがな」と笑っていたが。

 そうして。仲間や両親に息子の面倒を見てもらいながら、仕事をこなして。いつかきっと、この世でもあの世でも良いから貴方と出会えた時に話すお土産話としては、貴方を失った喪失感も、子育ての喜びも苦労も、仲間との苦い思いも、まあ“いつかまた貴方に会えた時に誇れる自分でありたい”と思った私にとっては、すべてが順調なはずだった。

 そんな中。じわじわと追い込まれるように力と勢いを失っていく、ギルドフェアリーテイル。
 この場所か、人が、空気が。全てが大好きだけど。それだけでは、貫き通せなくなった。大人になってしまったから。

 生活が苦しくなるほどの組織になってしまったギルドでは息子を抱えた私には生計を建てるのが難しく。両親は金銭面は自分達が助けるからやめなくてもいいと言ってくれた。でも、そのままでは駄目だった。私は、もう。母親になってしまったから。甘えるだけでは駄目だと思ったのだ。

 それに、実際問題かつての彼の気配がチラつくギルドはそこに居るだけでも苦しい時もあって。

 ……やめなければならないけど、やめたくなくて。そうして苦しんで悩んでいた時に、グレイの兄弟子であるリオンくんに誘われラミアスケイルへ所属する事となった。

 ギルドに属していれば、とりあえずは繋がりが切れないし。何かの際、力を貸せるから。そういう理由で、リオンくんは何かと私を気に掛けてくれるようになった。

 弟弟子であるグレイの子供。

 きっと、気に掛けてくれる理由はそれだけだった。はじめては、ね?でも共に過ごす時間が長くなれば、母親である私とも打ち解けた。
 今では普通に、“おにいさん”なんて軽口を言っても許される仲だ。…ああ、私はルイを生むと決めた時にグレイ一筋で生きると決めたから、リオンくんには決してやましい気持ちがないから安心してね。

「ルイ、今日もリオンくんに遊んで貰ったの?良かったわねぇ」
「ぁ、あっ!う!」
「ふふふ、そうね。楽しかったわねぇ」

 最近になってあうあうだあだあ喋りだした我が子、ルイ。可愛くて仕方ない存在を抱き締めて、私は今日もママをしている。

「グレイ、……、ルイは。大きくなるにつれて、貴方に似てきたよ」

 しんみりしつつふわふわの頭を撫でていれば、息子をから不機嫌な声。ああ、これは不安がってる泣き声だ。

「ぁう?んぁ、あっ!」
「ああ、ごめんね。ママがしょんぼりしたら不安になっちゃうね……ごめんね」
「んまぁまっ、んま!」

 ちょっとまって。と息を飲みつつも、半信半疑で問いかける。

「ま、…今ママって言った?…ママ、ママよ」
「まんまっ!まぁ、ま!」
 ママ、と。何度も呼んでくれる可愛い子。
「そう、そうよ。……私は貴方の“ママ”よ、ルイ」


 愛しい愛しい私の子。
 ……グレイ、貴方と共に見守りたかった。

 叶わぬ願いを今日も抱えて、私はルイをあやす。

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