二人を結ぶ 愛という絆
少しだけ冷たい風を感じながら、バルコニーの手摺に手を掛け、震える手を隠すように握り締める。
「まずは、私の話を聞いてほしいの」
「……ああ」
嗚呼、少し声が震えてしまった。
「私」に気付かないで。……「私」に気付いて。
「似てるから分かっちゃうかな。あの子は、グレイと私の子。七年前のあの日。グレイたちが居なくなってからしばらくした頃に気付いて、……グレイとの愛の証をどうしても壊せなくて。そうして産んで育てた、私の子。今六歳の、ルイ・キャメロットよ。……認知はして欲しいけど、無理に子育てに参加してほしいともお金や何かを請求するつもりはないわ。確かにルイは貴方に会いたがっていたけど、……私にとっては揺るぎない証だけれど。グレイにとっては、さ。そうじゃないかもしれないから。……重荷なら、私は、」
ルイと共に、貴方たちの前に極力現れないようにするわ。
そう、言おうと思った。だけど、その先は何か暖かいものに包まれたことで喉の奥に引っ込んだ。
「馬鹿野郎…っ!」
「ぇ?」
「相変わらず、相変わらずだなっ。不安なこととかあったらっ、考え込んで考え込んで…最悪を想定して。怖くなって、自分を守るために、これ以上傷付かないように、逃げちまう!」
「っ!」
「ベルの、お前の悪い癖だ!」
そんなことを言われるとは思ってなくて、カッと顔に熱が登る。泣きたいような、悲しいような。ううん、これはきっと怒りの方だ。
「な、なんでそんなこと言うのよっ!ちゃんと私なりに考えて、考えて!っ確かに逃げちゃうのは悪い癖だけど!でも、そんな言い方、しなく、ても……、…」
抱き込まれた腕の中から、目の前の男の肩を叩きながら無理矢理離れたら。自然と見えるその顔は、情けないほどに涙に濡れていた。
「ぇ」
「………っ、ちがう、そんなことが言いたいんじゃねぇ。ああ、くそ!何から伝えたら良いのか分かんねぇ、っああ、でも、……やっと。会えた、ベル」
私の手より大きくて、骨ばってて。何よりも安心出来る愛しくて愛しくて仕方ない、懐かしいぬくもり。そんな手が震えながら、戸惑うような手付きで頬に添えられる。
溜め込んだ息を吐き出すように、愛しさをこぼすように。やっと、と言いたげに触れられたそれに、自然と視界が緩む。
「っは、なに、」
「会いたかった。……なのに、お前。ラミアスケイルにいるとか聞かされるし、ギルドの奴らはなんかよそよそしいし。リオンは親しげな様子を隠すこともなく「ベルなら治療の為に遠くにいるぞ」とか言うし、………心配、してたんだ。……その反面、まさか三ヶ月も会えないと思ってなかったし、……避けられるとも思ってなかったから、流石に堪えた」
ああ。流石に、避けていたことに気付かれていた。たった三ヶ月。されど、三ヶ月。
きっと、治療だと聞かされたグレイは見舞いにでも来ようとしてくれたのだろう。それでも、私のもとへは来れなかった。何故なら、事情を知る皆に事前に口止めをしていたから。
「何で、逃げようとした」
「だ、って、」
「ん、」
「……っだって、こわくて、」
「『怖い』?」
嗚呼、嗚呼。
隠していたはずの気持ちが、全て晒される。逃さないと言いたげに見つめられるその瞳から、そらせない。
「貴方に、グレイに。幻滅されるのが、置いていかれたのが、置いていかれるのが、こわくて。……もう、『次』は、……耐えられないと思ったの」
一度、ひどい絶望を経験してしまったから。あれからうんと大人になってしまったから。『母親』になってしまったから。
「っは、馬鹿だなぁ」
「馬鹿って、」
「七年。ベルにとっても俺にとっても、大きな時間だ。……でも、俺は、それだけの事でお前と別れるつもりはないし、俺との子供……ルイの事も見捨てるつもりはないよ」
嗚呼、嗚呼。
どうして、貴方は。
「な、んで、私、もう、おばさんなの」
「どこが?たった七年だろ?昔と変わらず美人だよ、ベルは」
「こどもも、産んだの。あなたに黙って」
「仕方ない、その時俺は居なかった。……それでも、俺がいない人間になっても。俺の子供を産むと決めてくれたんだろ。……な、これ以上の愛ってあるか?」
私の欲しい言葉を、くれるの。
「そりゃまあ。息子だなんだと言われて戸惑ったけど。それより俺は、ベルに会いたかった。……でも、どうせ会うなら。大魔闘演武で勝って、一番になってから迎えに行こうって思ったんだ」
「勝手な話ねっ!」
「ああ、そうだ。随分、勝手な話だ」
私の苦労や苦しみを知らない貴方は、やっぱり他人事のように笑っている。その顔立ちは、記憶の中から時が止まっていて。
彼の言葉には静かな表情で、冷静な気持ちで答えるつもりだった。なのに。そんなことを言うから。我慢ならなかった。
「っ七年、七年よ!……私、七年経っても、貴方の事を忘れられなかったのよ…っ」
「ああ。…ああ。待たせてごめん」
「ゆるさないわっ、どれだけの数涙を流したと思ってるの!」
「ああ、……だからさ。ベル」
まるで癇癪でも起こすかのように叫び、自身の胸元を強く握りしめ涙をボタボタ流していれば、弱く優しい力で片腕を引かれそのまま……指の先、左手の薬指を撫でられる。
「っ」
どくどくと高鳴る自身の心臓の音が、まるで耳元で聞こえる。その先を期待してしまう。
だって、ずっと、ずっと。私は、七年前のあの日から貴方からその言葉を聞きたかったのだから。
「愛してる、ベル。結婚してくれ。……もしまだ俺に愛する資格をくれるなら、この指輪を嵌めさせてほしい」
結婚を願うくせに、最後の逃げ道も用意されている。私が何を願っているのかなんて分かっているくせに、ずるいおとこだわ。
「答えなんて一つしかないって分かってるくせに!」
「ああ、でも。ちゃんと言葉にしたくて。…ずっと、ずっと。待たせたからな」
そう言って、するりと手を包まれたら駄目だった。欲が、出た。
「でも、そうね。私はルイのことも愛してくれないと貴方の指輪を受け取れないわ、…ね。グレイ」
「っ!絶対、絶対大切にする。凄ェ大変だと思うし、ベルにも手間かけさせるし、その、ルイ…にとっては戸惑いしかねぇと思うけど、それでも。俺は、ベルとルイと、家族になりたい」
応えて、と。
その視線が焦がれている。
「……私と、ルイと。家族になって。グレイ」
「ああ、勿論。……あいしてる、ベル」
「私も、……わたしも、」
強く強く、離さないと言わんばかりに抱き締められて。自然と頬を伝う雫を止める術など知らないこのように、とめどなく溢れる。
そうして自然と引き寄せられた唇が触れ合う、寸前。
「ッわ!押すなルーシィ!」
「ご、ごめん、エルザっ!」
「もう!いいとこなのに!ルーちゃんっ!」
「お前あいつらの子供なのか?」
「たしかに、匂いが同じですね」
「え、うん!あそこにいるの、おかあさん!」
「よかった、よかったな、ベル…!」
「あはは、リオンったら安心して泣いてる!愛だね!」
「んぷぷ、どぅえきぃとぅえるぅ」
ドタドタッと雪崩れてくる奴等。上からエルザ、ルーシィ、レビィ、ガジル、ウェンディ、さらにはルイにリオンにシェリアにハッピー。その他にもギルドの皆が盗み聞きしていたみたい。
「ちょ、いつから!」
「初めから?」
「「初めから!?」」
抱き合ってた体制から慌てて離れた私たちは、一部始終を見ていた皆に真っ赤な顔しつつイジられることに。恥ずかしいったらない!
でも。
「おとうさんと、おかあさん!なかよしだ!」
そう言ってルイが楽しそうに笑ってたから、良しとする。
◇ ◇ ◇
イジられ疲れ果て、舞台に戻り。
ルイの好物のゼリーを一緒に食べながら、たどたどしくも会話をするルイとグレイに笑って。そういえばナツは?と話しているタイミング。
ああそういえば伝えそびれたな、と思いグレイに近付いて耳を貸してと伝える。なんだ?と屈んでくれたので、爆弾を投げてやる。
「ねぇ、グレイ」
「ん?」
「七年越しの貴方のプロポーズに応えるのだから、これからの人生、全部私にちょうだい?それくらいしてくれたってバチは当たらないと思うのだけど。……どう?」
一瞬ポカンと間抜け面をしたグレイだったけど、言葉の意味を理解した瞬間私を抱き締めて笑った。
「……っはは!ってか、そのつもりだよ!流石俺の惚れた女!最高だ!」
「当たり前っ!」
だって、この七年。挫けても苦しくても、貴方の愛を信じて生きてきたのよ。
「言うの忘れてた。
おかえり!グレイ!……大好きよ!」
「っはは!ああ!俺は愛してるっ!
……ただいま、ベル!」
雪が解けるように。
愛の絆を信じ育てた、時という魔法が。
繋がり合う二人を見守っている。
七年越しのプロポーズ。
触れた唇は、なんだか幸せな味がした。