無垢な少女はもういない

 彼の忘れ形見。ルイと名付けた愛しい子をこの世に産み落として、数年。
 ラミアスケイルの魔道士として子育てをしつつ生計立てて、たまにフェアリーテイルに顔を出したりして周りの皆に支えられ数年。

 気付けば、グレイを失って七年の月日が経った頃。
 彼が、彼らが帰ってきた。

 信じられなくて、そして逢いたくて。…でも、いざ会おうと思ったら、急に怖くなった。
 私はあれから歳を重ねたし、彼が知らぬ間に子供まで産んだ。七年、七年だ。決して少ない年月ではない。私は変わった。あの頃のような無垢な私はもういない。

 今の私は要らないなんて言われたらどうしよう、って。彼よりうんとおばさんになってしまった私は、そんな不安ばかり抱いてしまう。

 それから。私は今年の大魔闘演武にラミアスケイルで出場する予定だったけれど体調不良で遠い街に入院するため不参加、という形にしてもらった。だって、帰ってきたナツ達がこんな楽しいお祭りに参加しないでいられるわけ無いって思ったから。…今はまだ、こんなこんがらがった頭ではグレイに、みんなに会いたくなかった。

 だから、皆にグレイには私の居場所を伝えないでくれと伝えた。今はまだ戸惑っているから、と。必ず彼に向き合うから今は見逃して、と。勿論皆には会った方がいいと言われたけど、とてもそんな勇気は無かった。

 この戸惑いや不安から逃げたくて、少しだけ一人で考える時間がほしかった。


 今は街から離れた小さな町に家を借りて、そこで息子と二人暮らしをしている。

 息子には、「しばらくここでお泊りね」とだけ伝えてある。……でももう、七歳だ。賢い子だから、何かの異変には気付いてしまっているかもしれない。

 それでも、何も聞いてこないこの子の気持ちが、助かる反面心配でもあった。我慢をさせてる自覚があったから。


 それは、大魔闘演武初日のこと。
 「リオンくんうつるかな!」とルンルンでラクリマを繋ぐ息子に、いろんな意味でドキドキしながら私もラクリマを見ることにして。


 そうして、大魔闘演武の中継を繋ぐラクリマ越しに、彼を見てしまった。

「嗚呼、」

 喉が震えて、たまらない。

 まず思ったのが、五体満足で動いている。ということ。それから、元気そうだな、とか。負けてしまったから悔しいだろうな、とか。でも。結局は生きているってその事実だけが苦しくなるほど嬉しくて。

「おかあさん?」
「…ふ、ぅ、……ごめん、ごめんね。ルイ」

 この気持ちを抱えるにはひとりでは耐えきれなくて、縋るようにルイを抱き締めた。

 ここまで育ってくれた愛しい子を、まだ「お父さん」に会わせてあげられない私の不甲斐なさ。やっとグレイのことを思い出にしようと決意したのに、今更帰ってきたんだから。……そんな事を思いながら、それでもやっぱり彼の腕の中に戻りたいと願う私もいて。

 嗚呼。なんだかもう、苦しいことがいっぱいだ。

「……ねぇ、おかあさん」
「ん、なぁに」
「このひと、ぼくのおとうさんでしょ」

 どきり、とした。

 ルイには、グレイの……お父さんの写真や映像を何度か見せたことがあったから。あれから見た目の変わらないグレイのことが、わからないはずがなかった。

「、…うん。そうだよ、ルイのお父さん」
「おほしさまになったんじゃなかったの?かえってきたの?」
「…そう、そうなの。帰ってきたの」
「……そ、っか、そっかぁ」

 ぱっと嬉しそうな顔をしたと思えばすぐさま難しそうな顔をして、私に抱き着いている手に力を込める。

「おかあさんは、おとうさんにあいたくない?」
「っ、えっと。……ちょっとだけ、こわいの」
「ぼくはね、あいたいよ。おかあさんがだいすきなおとうさんに、あいたい」

 不安そうに、伺うようにすり寄ってくる愛しい子。

 我慢をさせていたんだと、ここまで強く実感したのは初めてのことで。その姿を見て、逃げてるばかりではだめだと気付いた。

 そう、彼と恋をするだけだった無垢な少女はもういないのだ。……周りの手助けがあるとはいえここまでやってこれたのだ、帰ってきたといえどいきなり子供と共に家族になろうなんて言って彼に迷惑はかけない。この子の為に生きると決めたのだから、私は母親として、やるべきことがある。

「ルイ、あのね。お母さん、大魔闘演武が終わるまでには気持ちを整理するから。……ね、近いうちにお父さんに会いに行こうか」

 覚悟を決める。決めなければ。拒絶されようと、受け入れられようと。会わなければ、話しにならない。

「いいの?」
「いいよ」
「…うん。おとうさん、おとうさん、か」

 噛み締めるように「おとうさん」と何度も名を呼ぶその姿に、喉が震えた。

 私は、この子が「お父さんに会いたい」なんて言ったのをあまり聞いたことがなかったから。たくさん、たくさん我慢させたんだなって。何だかひどく苦しくて。泣いてしまった。

「おとうさん、こわい?」
「ううん。ルイのお父さんは……優しくて、カッコイイ人だよ。あとね、すぐ服脱いじゃう」
「いっつもきくけど、なんでぬぐのぉー?」
「あはは、なんでだろうねぇ」

 どうか、かつて愛した貴方が、私の愛したこの子も愛してくれたらと、願うかばかりだ。

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