赤い林檎に魅せられて【白雪姫パロ】



とても寒い早朝、あるお城で男の子が産まれた。男の子は肌が雪のように白く、髪は黄金のように輝き、瞳は燃えるような深い真紅で、妃はまさに自分が望んだ娘だ!と喜んだ。しかしすぐ子を産んだ妃の容態は一変し、そのまま天へと召されてしまう。
妃は最後、「娘を頼みます…」と遺言を残した。周りはすぐに妃の勘違い気付いたが、娘だと妃は言った。遺言通りに娘ということで育てよう、男の子ということは絶対口外してはならないと王様以下その場に居た物達は誓った。

私はそんなわけで姫である。
私は美しく気品あるようにと育てられ、決してお前が男であることを悟られてはならぬお前は姫なのだと赤ん坊の時から言われ続け、誰からも愛されるような美しくも白雪のように儚げな姫へと成長した。

このことをよく思わなかったのは、新しく父の妻になった妃だ。妃はプライドが高く、娘である私の美しさに嫉妬した。新しい妃にとって私は邪魔者であり、他人という枠内に完全に引入っているようで、よりいっそう嫉妬の炎を燃やす。幼い頃から小さな嫌がらせを何度もされたが、そのたびに巧いようにかわしてきた。噂によると、妃は毎日鏡に向かって「私は美しいか?」などと尋ねるらしい。そうして自己暗示でもかけているのだろうか。




「照美さま」
「はい、あら狩人の…」
「修也でございます。今日もまた一段とお美しいですね」

狩人の修也はとても気さくで立場を気にせずお話をしてくれる唯一の人物。城の中では常に気を張っていないので、たまに外に出て気分転換に城の外れの木の下で本を読む。ある日、木の下に先客としていたのが修也だった。修也の腕は城一番のくせにあまり狩りを好まない。最低限の仕事をし、終わればこっそりとこの木の下で昼寝をしているという。こういう場合、先客にいる方がルールを決めるのが普通だと照美が述べると昼寝の邪魔をしなければなんでもいいと言われた。照美はその素っ気なさが気に入った。起きていれば、最初少しお話を楽しみそれぞれのしたいことに入る。とても居心地がよい。

「照美さまは今日もご本を?」
「はい、修也さんはなんだかいつもと違う装いですこと。なにかありまして?」
「………」
いつもならラフな格好で背中に背負っている弓矢など置いてくる。しかし、今日は今から狩りに行くか狩りにいった帰りみたいだ。

無言のまま修也は弓を取りだし照美に矢を向けた。修也の目は照美をまっすぐに見つめた。
照美は慌てるそぶりもなく逃げようともせず、こちらもまた修也の目をじっと見返した。

「今日の獲物はあなたなのです照美さま。妃直々の名でわたしにこの仕事をくださりました」

ギリギリと矢を引く。獲物を捕らえるときの修也はこんなにも美しいものなのか。
照美はなおも動かず、その修也の動き一つ一つを丁寧に見つめる。殺されるのが怖いというよりこの綺麗な一線を眺められることにむしろ嬉しくもある。
修也は限界まで矢を引き、そして解き放った。
矢は照美の髪の中をすり抜け、後ろの木に当たった。

「私は初めて仕事を失敗致しました」
修也は構えた弓を下ろし、その場に座り込んだ。一気に気が抜けたようだ。手をみると汗がにじむ。今までこんなことはなかった。修也は照美という獲物に気負い負けしたのだと分かった。

「照美さまの眼光は非常にお強い。儚いくせに何にも負けない強さを秘めている。狩りの腕には自信があったのですが、まだまだのようです」

修也は苦笑いをして、空を見上げた。青い空に薄く白い雲が覆っている。

「私はもう狩人をやめます」
「えっ…そんな…!」
せっかくのその美しい姿が最後だなんて実に惜しい。
「妃直々の命に失敗したのです。直に私は殺されるでしょう。ならば、私はその前にここを抜け出して狩人の職をやめ、村に置いてきた妹とともにひっそりと暮らします」
修也は立ち上がり、勢いよく弓矢を折った。バキッと大きな音がする。照美の顔が歪んだ。美しいものがなくなる、照美はそれがひどく嫌う。
修也が折れた弓矢を適当に投げようとした。いてもたってもいられず、照美は投げる修也の腕を掴んだ。

「私ね、自分の気に入ったものが無くなるのが嫌いなの。私はあなたに狙われた時、なんて美しい動作と瞳なのだろうと感動したわ。もっと見ていたいと思った。いたく気に入った。けれど、私のせいでそれがあなたから無くなってしまうのは許せない。だからこうしましょう」

照美はポケットからハサミを取りだし長い髪をバッサリと切った。修也は唖然とし顔から血の気が引いた。

「照美さま…!!なんてこと!」

「心配することないです。私の髪は1日で同じ長さに戻るのですよ。これを知っているのは私しか知りません」

「ですが…!照美さまは髪を特に大事にしていると聞いたことあります!そんな易々と…!」

「大事だからこそです。これを持って妃に『矢が当たった反動で谷底に落ちてしまい、落ちる際に枝についた髪の毛しかとることが出来ませんでした』と伝えなさい。そうすれば、殺されずあなたが狩人をやめなくてもいいでしょう」

照美は切った髪を修也に渡し、しっかりと握らせた。
「短い間とても楽しかった。こんなに気をおかずに喋れたのは城の中であなただけでした」

照美はさてとと城の外れの森の方へと歩きだした。
「照美さまどこへ…?」
修也が呼び掛けると、照美は振り返りふふっと笑って人差し指を口に添えた。

「内緒です。強いていうなら私の居たい場所へ、ですかね」

修也は照美の背中に深くおじきをした。
感謝の意と敬愛の意を込めて…。




狩人は姫のいう通り妃に髪を渡し、城を去った。姫のいない城にこれ以上いたくはなかったからだ。狩人は村に帰り、静かに妹と暮らした。












カーテンの隙間から月明かりが大鏡を照らす。今宵は雲もなく、寂れた古い大鏡でも綺麗にみえる。
「鏡よ、鏡」
妃は黒いドレスにきらびやかな装飾をして、薄気味悪く笑みを浮かべ鏡に問いかけた。

「この世で美しいのは誰だい?」
「それはあなた、妃様」
と鏡に写し出された妃の口が開いた。鏡の方の妃は目を閉じており、口だけ動く。姿形は似ているが、髪の色が若干濃く、ストレートだ。それに対して本物の妃は少しくせ毛がある。この鏡は魔法の鏡、望みや願いを写し出す。そして世の真実だけを語るのだ。

「…のはずでした。しかし、先ほど照美姫が一番美しい」
鏡がそういうと、妃であるヒロトは身体を震わせ、血が一気に逆流しそうだ。髪の毛が次第に逆立っていく。怒りの感情により抑えていた魔女としての血が騒ぎ出した。

「照美姫だと…あいつは確か死んだはずじゃ…!」
「いえ、生きています。城の外れの森の中、小人たちと楽しく暮らしています」
鏡は微かにニヤリと笑った。鏡は嘘をつかない。やられた。しっかりと遺体を確認すべきだった。
ヒロトはバッと黒い段幕で鏡を隠した。

「おのれ…照美姫…」
ヒロトはぶつぶつと考え事を始めた。



















あの子と出会ったのはほんの一回だけ。

隣の国でパーティーがあり、私は王に言われて参加した。元々あまりそういったものには自らは参加しない。各々の姫や王子を見定め、常に結婚という政治的な部分が宙に浮かんでいる。初めて参加した時は凄まじかった。これが噂の…!と皆私をじろじろと観察する。そして子どもを使って私と仲良くしようとするのだ。にこにこと笑って私はかわし続けた。

その様子を見守っていた照美のしつけ係はカンカンになって叱った一人でもいいから話を続けなさい。たまには踊ってあげなさい。あなたは姫でどこかに嫁がなければならないのだから。嫁ぐといっても私は男だ。今は姫の格好をしていても伴侶となれば、いずれ分かってしまうのに。

パーティーは結局ただの気疲れしか残らないつまらないものだ。

一通り挨拶と数人とのダンスを終え、少し綺麗な空気を吸いにベランダに出た。深呼吸すると夜の冷たい空気が肺を通り抜けるのは心地よい。
「ちょっと疲れたな」
「君もかい?僕もだ」
誰もいないと思っていたので照美はびっくりして、声がする方を振り返った。みると私より背が低い男の子がドアに寄っ掛かっていた。
顔立ちが非常に綺麗でおそらくどこかの王子。格好いいというより可愛いといった感じだ。

王子か…照美は気を入れ直した。
「あら、奇遇ですね。ではお邪魔しないようにこれで…」
「待って」
王子は照美の腕を掴んだ。
「邪魔じゃない。それなら邪魔なのは僕の方だろ。君はまだ一呼吸しか休んでいない」
「私はそれくらいで十分です」
「知っているかい?こういうときは先客がいいといえばいいんだ」
「勝手ですね」
照美はクスクスと笑い始めた。王子は何で笑っているか分からず、戸惑っている。
面白い。直感的にそう思った。話をしてみると、貴族特有の鼻につく自慢話などをせず日常的な話や自分の失敗話をし、照美を笑わせた。

話ごとにくるくる変わる王子の表情がとても可愛くて綺麗――――

「…僕の顔に何かついてる?」
照美はそっと王子の顔に触れていた。
ふわっと甘い香りがする。さらさらの肌にキラキラと輝く瞳、そして上目遣いが眠っていたものを呼び起こしていた。永眠させた僕を…。
数十秒じっと眺められて、王子は顔を赤く染めていく。白から薄い赤に広がっていくのがなんとも美しい。

「君、名前は?」
「吹雪…」
「覚えておこう」

照美はすっと遠くを見据え、もう一度深呼吸する。私は姫だ。姫でいなければならない。華やかで薄汚い色がはこびっているパーティー会場。照美はベランダをあとにした。

「びっくりしたー」
吹雪はへなへなと床にそのまま座った。手を胸に当てるとまだ心臓がばくばくいっている。
綺麗めの普通の姫さまだと思っていた。けれど顔に触れられた瞬間、雰囲気が全く違った。姫なんかじゃないあれは………。











「おい、晴矢遅い。夕飯の時間に間に合わなくなるぞ」
晴矢はゼイゼイしながら木の根っこの輪をくぐり抜ける。前を行く涼しげな顔をした小さな人、小人はふんと鼻息を鳴らした。

「誰がこんだけ持たしてるんだ風介!量を見ろよ!量を!」
晴矢は背中のリュックを指し示した。確かに風介より量が多い。
「貴様はそれっぽちも持てないのか…?全く情けない話だ。しかも人のせいにするとは笑止。今日はお前が負けたんだ。しっかりと約束は守るんだな」
「人間からの変な言葉を使いやがって…あーくそーあそこで決めていれば!」
「おや、負け惜しみかい?」
「ハア!?なんだと!」

額と額をくっつけて晴矢と風介が互いをにらみ合いっこした。そこへパンパンと手を叩いて、二人よりのっぽな髪の毛が爆発している細目の小人が割って入ってきた。

「はいはい、喧嘩しない。気分転換に歌でも歌いましょう」
「フン、歌とかなんだよ。チャンスウ」
そっぽを向いて晴矢が言うと、思いっきり顔を近づけてきた。明らかに怖い。

「歌のどこが悪いんですか?あなた、今日の夕飯抜きにしてあげますか?」

と目を開いて言われて冷や汗かいて、お、おうごめんと晴矢はすぐに謝った。



……遠くから声がする。懐かしい夢から聞き慣れない音にどんどん現実へと引き戻されていく。照美は森の中をさ迷い、日が暮れた頃に小さな一軒の家を見つけた。一休みさせてもらおうと、中に入ると誰もいなかった。家の中を探索しつつ、テーブルにあった少量の食べ物を口に運び、少しお腹が満たされたところで、ソファでちょっとだけ眠ることにした。ところがぐっすりと眠ってしまったらしい。うっすらと目を開けると辺りは真っ暗だった。
窓の外にぼんやりとオレンジの光が浮かんでいる。なんだろうか…。と、先ほどから聞こえている声が今度ははっきりと何を言っているかわかった。

「ハイホーハイホー!キムーチがスキー!」
照美はソファからずり落ちた。



「ようやく家に着いたー。あー重たかったー」

晴矢はドサッと背負っていたリュックを下した。

「私も疲れたな。晴矢、肩揉んでくれ」

「オマエエエエ!!オレこそ揉んでほしいわあああ!!!」

晴矢と風介がギャアギャア騒いでいると、台所から悲鳴が聞こえた。二人はびっくりして動きが固まった。チャンスウが深刻そうな顔をし、二人に告げた。

「悲劇です。今日の夕飯がありません」
「……は?」

三人の間に沈黙が流れる。夕飯がない。夕飯を楽しみに働いているのにない。すると、寝室の方からグウーとお腹の鳴る音がする。お互いに顔を合わせた。この家には三人しかいない。
会話を交わさないまま、手をつないで恐る恐る寝室に向かった。ドアをゆっくりと開くと、三人のベッドにそれはそれは美しい人形のような女の子が眠っていた。晴矢を先頭に起こさないように忍び足で近づく。白い肌に赤い唇から吐息が漏れ、麦のような綺麗な金色の髪が少女の僅かな動きに反応する。
初めてこんなにドキドキする。晴矢は無意識に少女に手が伸びた。それは他の二人も同じだったようで晴矢の両サイドから手が出てびっくりした。

「お前らさっきまでオレの後ろに隠れていたくせに」
「貴様にこの子を触れさせたくてなくてな」
「なっ…オレは別に!!」

「ここは私が起こした方がよいかと思いますよ。この中では一番イケメンですからね」

「「チャンスウ!?」」

小声で話していると、またグウーとお腹の鳴る大きな音がした。三人は目をぱちくりさせて少女をみた。この子からだ。すると少女は目をこすり、体を起こした。

「やあ、こんばんは。寝起きで失礼。少しばかりソファを借りさせてもらった。先ほど理解しがたい歌のようなもので起きたのだが、あれは何だったのだい?恐ろしい呪文のようだったから眠ったふりをしていたのだが、違ったようだね。んと…小人さんであっているよね」

照美がべらべらとしゃべっている間、三人はぽかんと口を開けていた。
歌のようなもの?呪文?…もしかして…!!ようやく意味がわかったらしい晴矢が後ろに隠れた風介をみると声に出さないように必死で笑いをこらえていた。

「風介、もう笑えよ」
「そ、そうかい?じゃあ遠慮なく…フフッ…ハハハハ!!!」
風介は床をバンバンと叩きながら笑い始めた。横にいたチャンスウも柱に腕をついて声に出さず笑っている。こいつらめ…と晴矢はため息をこぼしながら照美を見上げた。そんなことよりつっこむところがある。

「お前、どこからきた。勝手にオレたちの家に入って寝ているとはどんな身分だ」
「この国の姫だ。もっとも女ではないがね」

クスッとせせら笑った照美に、晴矢は耳を疑った。
姫ということは姿、雰囲気からよく分かることだ。しかし女ではないといったか?これほどの美少女でありながら、女じゃなくてつまり男、まさかそんな…。

「うそだろ?」

照美はベッドの上で足を組み、髪をさらりと払いのけた。

「本当だよ。さて君たちは私の秘密を知ってしまった。この秘密はね、国家の最重要機密であって他言無用だ。しゃべれば即殺されてしまう」
三人はごくりと唾を呑んだ。なぜだか寒気がする。チャンスウが勇気を出して一歩前に出た。

「でも、勝手にしゃべったのは姫さんのほうでしょう」

「そうだね、しかし私が言っていないといえばどうかな?悲惨なストーリーくらいは簡単に作ることができるよ」

美しい人には棘があるという。よく見れば姫の目は深い赤だ。この瞳と合ってしまったらもう逃れられないだろう。

その日から俺たちは4人で暮らすことになった。


今宵もまた半月の光に当てられて鏡は怪しげに影を映し出す。影は次第にはっきりしていき、赤い髪の毛が揺れた。暗闇から手が伸びて鏡に触れる。鏡に映る赤い髪と暗闇にいる二人の口が開いた。
「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰だい?」
窓から風が入り込み、カーテンはシャアアアと動いて月明かりの範囲は伸び、暗闇にいたヒロトを照らした。鏡に映る影は口角を上げて静かに答えた。
「あなた様と言いたいところですが、残念ながらあなたが殺したと思っている姫…照美姫が一番美しい。3度も殺されそうになりながらも生き続けて、そのことでより小人たちとの絆を深めえ、彼女の魅力がより引き立てて以前より輝いておられる。」

ヒロトは鏡に触れている手を強く握りしめた。姫がまだ生きている…胸のざわつきが収まらない。ダメだ、姫だけは許さない…許さない…この手を汚しても!

「あなたはそうして自己満足したい」

鏡は先程と表情を変えていない。鏡と言っているが、鏡の機能はほとんど意味をなしていない。もう一人の自分が中にいる、真実の自分が本物の自分の問いに答えを示す。魔法は解けることなく、真実を閉じ込め私の道具としてここにいる。そんな道具は醜いものである。

「何が言いたい…」

「どう足掻いたってあの子は戻ってこない。失われたものは掴むことはできない。最初からそうであったように。けれども胸の中に疼く痛みは治まらず、美しいと誰もが羨ましがられる照美姫を殺したいという欲求に飲み込まれる。ああ哀れな、哀れな…」

ドンッ!!と鏡を叩いた。ヒロトの髪は逆立っている。真実の自分を睨みつけた。

「それ以上言うな。分かっているのだ。こんなことをしても意味がないことなど。美しいと皆から賞賛を浴びせられる姫が憎い。ただそれだけなんだ。傲慢だと周りに言われてもかまわない。」
「やはりその力に頼るのだね。グラン」
真実の自分はゆっくりと目を開けていく。彼の瞳は見るものを吸い込むような怖いくらいに綺麗だ。
グランという名は魔女になった時に与えられた証。人間の奥底に眠る力を最大限に放出させ、何があろうとも目的を必ず成功させる。グランの胸に打ちつけられた紫色の宝石が魔力の源となる。右手を巧みに動かし丸い球体を作り出した。青白く光る球体に息を吹きかけると、瞬く間に紅色に染めあがる。グランは両手でそっと持つと滑るような艶やかな林檎へと変容した。

「私のように綺麗だろ?」
グランは薄気味悪く微笑んだ。
「はい、あなた様のようにお美しい。そして中身も…」
鏡はにっこりと無邪気に笑った。
グランはフッと小さく息を吐き、鏡のカーテンを閉めた。

「もう時間がないんだ」







小鳥は照美の歌声に合わせて合いの手をつける。澄んだ空気に暖かな日差しに照らされて照美の髪はキラキラと反射した。部屋の中で優雅に紅茶を飲みながら窓の外を眺めた。

「気持ちの良い朝だ」

小鳥は歌が終わると日差しに向かって飛んでいった。
ここでの暮らしは今までにない常に新鮮さと明るさで溢れている。自分が腹の底から笑えるなんて全く知らなかった。短くなった後ろ髪を触った。女の子にとって髪は命と言うが今の私には関係ない。代償は軽いものだと鼻で笑った。
頭をコツンとカップで叩かれた。振り返ると晴矢が眉間にしわを寄せて照美の隣に座った。カップを机に置きムスッと顔したまま口を開いた。

「―――何もしないなら留守番くらいしっかりできろよ、姫さん」

晴矢はごくりと喉を鳴らした。紅茶が飲めない晴矢はホットミルクだ。隣から流れる牛乳の甘ったるい匂いが照美の鼻をくすぐった。甘い匂いと晴矢はあまり似合わないなと晴矢をじっと見た。

「またそんな風に言って…晴矢も素直じゃないんだから。晴矢は照美姫のことを心配しているんだよ。このところ、帰ってくると照美姫が倒れていることが多くて怖い。この間だって、チャンスウが毒の櫛を早く抜かなければ死んでしまうところだったろう。」

いつの間にかいた風介が晴矢の髪がぐしゃぐしゃとする。やめろと晴矢が手を伸ばすが風介はやめない。姫さまに暴言を働いた罰だよと風介が言うと、晴矢がついにこらえきれず唸った。
「あ〜〜〜〜〜!もう!だから!大人しく留守番をしていてくれよ!お前の笑顔が帰ったら見られないなんて嫌なんだ!」
照美をジッと睨んでミルクを一気に飲み干しコップをダンッと置いた。照美はびっくりして口を開けたが、ゆっくりと顔がほころんでいく。自分のために怒ってくれる人が今までいただろうか。幼いころにさんざん怒られたが、背後にはお国のためまたは高給料というものが透けて見えた。私のためじゃない、私欲のためにさんざん罵声を浴びせていらだちを抑える。

ここに来てよかった。

照美は晴矢の手を掴んで優しく撫でた。途端に晴矢の顔は木苺のように赤くなって固まっていく。

「なにす…!」
「晴矢ありがとう。そして風介も」

すんなりと口から出た言葉は自分とは思えないほど澄んだ音だと思った。

「洗濯も干し終わったところだし、そろそろ行きますよ」
チャンスウは朝の家事を終え、リュックにお弁当と仕事用具を詰め込んでいる。晴矢はその声で我にかえり、手を振りほどき立ち上がって自分のリュックを持った。
「すぐに照れるんだから」と笑っている風介も耳が赤い。晴矢より風介の方が照れ屋だと思うのだが…。その様子に照美はおかしくてにやけた。


玄関先で照美が「いってらっしゃい」とチャンスウに声をかけると
「いってきます。照美さんはくれぐれも家の中に誰も入れないでください。入れたら夕飯は抜きですからね!」
と照美の頭を撫でた。
ああああ!!!と大声をあげて騒ぎだした晴矢と風介を引き連れて、仕事場へと出かけて行った。
本当に面白い人たちだ。

うすうす気づいているんだと思う。ここを訪れる人はそうそういない。だがここ連日訪ねてくる。わざわざこんな奥地まできて私に会いに来るのは継母だ。いや、あれは継母だった魔女だ。だがそんなことは言えない。三人をこれ以上巻き込みたくない。どうすればいいのかと照美は考えているがなかなか良い策が生まれない。ここを出ていけばいいかもしれないが、すでに三人と接触していることをあちらは知っている。私がどこへ行ったかと拷問にあうことが想像つく。今日もまた本を読みながら頭の隅っこで考えていく。
ふと外を眺めると雨雲が迫ってきている。雨が降る前に洗濯物を取り込もうかと読みかけの本にしおりを挟み、照美が立ち上がるとトントンと扉をノックする音がした。

「きた………」

照美誘われるかのようにはゆっくりと扉を開いた。




扉をはじめて開いたのは、魔力のせいではなかった。穏やかに笑う魔女の口元。ああ、夢であればよかったのに。吸い込まれるようにして腕をとられた。

「なぜここまできたのですか」

照美は魔女にきいた。

「昔々のお話だよ。ある少年のお話。希望を失った少年のお話」

魔女が照美の腰に紐を巻いていく。身体は自分の意思では全く動かなかった。不思議な力によってコントロールされているのだろう。腰ひもはエメラルドのようキラキラと緑色に光っている。小さなお花が描かれておりとても可愛らしいものだった。

「彼はどうすることも出来ないまま、ただ空ばかり見ていた。手元には腰ひもと櫛が置いてある。ひたすら泣いた。自分のふがいなさに無力に嘆いて嘆いてーーー気付いたら星が零れてきた。紫色に気味悪く光った。どこから沸いたのだろう、この力なら希望を取り戻せると手にした。彼は魔女になったんだ」

照美の背中に回り魔女の継母は紐を力強く締め付けていく。
息が苦しい。細い身体はさらに細さを増していく。

「それと、どうわたしはかんけいあ…」
照美はバタリと倒れた。

「あるんだ。君が姫のふりをしなければならないことと同じでね」


照美は目を開けるとボロボロと涙をこぼしている小人達がいた。
息を吸い込むと生きている実感がした。
小人の説教を流しながら記憶をゆっくりとたどる。継母はきちんととどめを刺していない。そして、少年の話と私を殺すことにどう関係しているのだろうか。


二回目も継母はきた。
私に似合わない翠の櫛を無理矢理に差して、三度殺そうとした。
だが小人により私はまだ生きている。
理由が分からない。美しいから?それだけ?美しさは罰だと以前に本で読んだことがある。人を惑わすからだとか…。
ならば、私の美しさは継母を狂わし惑わしたのか。

「照美姫、今日で終わりにしよう。お前を殺す」
扉を開いた先にいたのはやはり魔女だった。照美はまた動かなくなるのではと思ったが、今日は何故だか動く。しかし、魔女に腕をつかまれて家の外へ連れ出される。痕がつくような強い力。憎しみを込めた力だ。

「何故私は殺されなければならないのですか母上」
照美は魔女の瞳を睨み付けた。彼女の瞳はどこか焦っている。ポツリと頭に水滴が落ちる。

「私はグランだ!お前の母じゃない!私より美しいからだ!」

次第に雨滴が増えていく。グランの顔にも水滴が流れて泣いているようにみえる。
心の中で泣いている。一人辛い苦しいと泣いている。
この人は救われたいのか。私を殺すことで救われるのか。

グランは林檎を差し出した。赤く染まった艶が光り輝く林檎。この世のどの林檎よりも美しく見えた。

「あなたみたいね」
照美はぼそりと呟いた。グランはにやりと笑って林檎を照美の前に差し出した。

「さあ、食べるんだ」
「いやよ、林檎は嫌い」

グランが林檎を照美の口元へと押し付けようとすると、空いている手で振り落とした。林檎はごろんと地面に転がった。グランが落ちた方向に手をあてると、林檎は吸い込まれるようにグランの手に戻る。林檎にどこにも傷は付いていなかった。雨が降って地面が濡れているにもかかわらず、泥さえ付いていない。

「まるであなたみたいな赤い林檎。うす気持ち悪い」
憐れむかのような言いぐさに血が煮えたぎる。…気持ち悪いだと?どうしてだ。誰のせいでこうなったと思っている?姫のその目が嫌いだ。あの時の目と一緒だ。軽蔑のまなざし。私はあなたより綺麗なのに綺麗なはずなのに、何故そんな目で見るの、何故人じゃないような目で見るの。やめろ、やめろ………!!

グランは持っていた林檎をひと齧りした。黄色く濁った汁が口元から垂れる。そのまま姫の腰に手を当て、ぐっと引きよせた。照美は逃げようとするが体は動かなかった。グランの髪から水滴が滴り、照美の口に落ちた。少し開いたグランの口はまっすぐ照美の唇へと向かっていった。柔らかく非常に冷たい。口を一の字に塞いでいると、舌でそれをこじ開けてきた。すると、グランが照美の顎を引き上げて、自分の口に含んだ林檎の液を流しこんだ。甘いはずなのにとても苦く吐き気が襲ってくる。本当は林檎が嫌いじゃないので、食べたことはあるが、こんな味ではなかった。流し込まれた林檎の液を飲まないように吐き出そうとするが、うまくいかず逆に息が苦しくなり、ついに飲み込んだ。受け入れがたい拒否している物が喉を通っていると思うと、寒気が全身を覆った。喉を通ったことを確認すると、グランは照美を突き放した。
バンッと家の中へと照美は倒れた。口から林檎の汁が漏れる。こんなふうにされるとは思ってもいなかった。立とうとするが、うまく足に力が入らない。私は怖かったのだ。人が怖いと思ったことは何度かあるがそれでも気丈に超えてみせた。しかし今はどうだろう。立ち上がることさえままならない。ただ怯えたようにグランを見つめることしかできない。
グランはペッと唾を吐きだして、見たこともないような満面の笑みを浮かべた。それは魔女のような笑いでも悪魔のような笑いでもない、すべてを捨て切り解放されて何もなくなったといった笑いだった。

「私の毒で作り上げた最高の林檎の味はどうだい?お前はもうじき死ぬだろう。さようなら、照美姫…私の…」
最後を聞き取れないまま照美は意識を失った。



私は死んだのだからあの人は救われたのだろう。何故だか安心している自分がいる。不思議だ、心はあんなことされていても穏やかに波を打っている。




触れられた部分がずっと気になっている。吹雪は頬をゆっくりと撫でた。熱がこもった手があの日の夜を思い出した。彼女は綺麗だった。僕より背が高く背筋をピンと伸ばし、品が内面から出ていることが分かる。こんな人は今まで会ったことはなかった。どんなお嬢様、貴婦人より素晴らしい姫だった。なのに、最後のあの言葉と視線が忘れられない。普通の女の子に触られることは慣れているから、あんなに胸の鼓動は早くなるはずはなかった。だんだん考えているうちにあの姫はもしかして男ではないだろうかという考えがちらちらと頭をよぎった。僕は男の子に魅かれたということだろうか。もう一度会いたい。会って真相を知りたい。

毎日そんなことを考えては行動を起こさなかった。照美が属する国は僕の国より遥かに大きく公式に面談が与えられるか分からない。そして面談を取り付けたいというのは、好意があると言うことが明らかだ。それに僕には名ばかりの婚約者がいる。会ったこともない遠い国の姫らしい。国が近いためいつか会えるんじゃないかとパーティーなどには積極的に参加したが、照美がいても会話までには及ばなかった。

秘密を持つ人には惹かれてしまう。いつか読んだ本に書いてあった。





「国境付近は何もないなあ」
「この森には小人がいるらしいじゃないか。やはり人目が気になるのかな」
吹雪は呑気そうな従者にため息をついた。吹雪の乗る馬の手綱を二人は力なく持っている。国王に頼まれて国境付近にある村へと従者二人と共に出かけた。従者は吹雪の1番親しい奴らだ。こいつらを引き連れてぶらぶらと外に出かけることが実は気分転換になる。

「君たちは悩みが無さそうでいいね」
馬は走らずゆっくりと歩く。身体を預けて一緒に揺れた。

「そんなことは…!」

「例えば?」

「そうですね、今日の朝食で私だけ牛乳が出されなくて、これはどういうことだと持ってきたメイドに言ったら『牛乳ごときで呼び止めるな!自分でもらいにいけ!』と空のコップを突き返されたんですよ!もうびっくりして…なにがなんだか…」

「ああ、あれは彼女なりの好意の印だよ。彼女はかなりの恥ずかしやさんなんだけど、そう言われるなんて君に気があるかもね」
頭を押さえた左の従者に右の従者がニヤニヤ顔で言った。

「ああああれがぁ?!」
と驚きに顔を赤くさせた。クスクスと吹雪が微笑ましかった。
近くにいるっていいな。もしあの姫が僕の生活に入ってきたらどうなるだろう。

「王子は何か悩みごとがあるのですか。」
右の従者が左の従者のいろいろ言いかかってくるのを手で押さえながら尋ねた。

「んーそうだねぇ…」


ザアァ……と周りの木々を風が揺らした。風が吹く方へチラリと目を移すと、木の隙間から日に照らされて箱に納まる金色の髪が――ーー見えた。


「ストップ!!」


ピンと切り詰めた声に先程までだらけていた従者たちは、背筋を伸ばし馬の手綱を握りしめて足を止めた。馬も同じく踏み出そうとした足を静かに下ろした。

「あそこで何をしているんだ」
吹雪は見えた方角を指差した。従者たちは指差した方に目を凝らしてみている。

「えっ…と、木が邪魔でよくみえな…いって王子!」
吹雪は馬から下りて引き寄せられるかのように森の中に入っていった。



あれは照美姫だ!間違いない!しかしなぜこんなところに…。
心臓はどくどくと速度を早めた。走っているせいかもしれないし悪い予感がするせいかもしれないしとにかくざわつく。

照美がいた場所にたどり着いた瞬間、日差しが眩しくて目を一度閉じた。

ゆっくりと目を開けると、小さい花が周りに咲いており中心に白い棺、それを取り囲むように吹雪の身長の半分くらいの人が三人、フードを被って泣いていた。吹雪は意識しないくらいに棺に近寄っていく。
小人は吹雪に気付き見上げ、棺から離れてその様子を見守った。きっと何かを感じ取ったのだろう。

どくどくと煩い音が大きくなっていく。吹雪は棺をスローモーションのような動きで覗いた。

「照美姫」

あの夜、今日まで僕の心を掴んで悩ました彼女は綺麗な目を閉じて可愛い白と黄色の花に彩られて寝ている。

「その子は妃に毒の林檎を食べさられて死んじゃったんだ!」

目を赤くして小人の一人が叫んだ。

こんなに美しいのに死んでいる…?艶々とした髪は太陽で時より反射をしている。肌だって白いが青白くはない。嘘だと思った。何も知らないけれど、本当は男の子かもって変な疑問があるけれど、でもあの照美姫はそう死ぬはずがない。

恐る恐る手を伸ばして頬を触った。少し冷たくもあるがまだ温もりが感じられる。

「ばれちゃったね」
照美の唇がゆっくりと動いた。
心臓はもうずっと痛くなるくらいドキドキしている。口を開けるも言葉がでない。

「君ならいいかな、ねえ毒を解いて」
照美は目を開けず小さな声で言った。あの一瞬聴いた低い声が頭の中に鳴り響く。一番気になるきっかけ。

「既成事実ってやつかな。そうしないとこのまま眠り死ぬしかない」

「早く目覚めのキスを…」

照美は辛そうに息を吐き、再び唇は動かなくなった。
意味が分からないがきっと全て本当なんだ。

吹雪は手袋を外して顔を近づけていく。様々な女の子に会い、そのような雰囲気になったこともあるが、一度だってキスはしたことがない。いつもためらってしまうのだ。自分は本当にこの人が好きなのかと迷い、その場は笑って受け流す。けれど今は躊躇いがない。好きとかそんな感情より僕はこの人を知りたい。知りたいから、キスをして目を醒ましてもらいたい。


花の匂いが嗅覚を刺激し、柔らかくひんやりした感触がした。葉と葉が擦れ、泣いている声も胸の音もいつのまにか聞こえない。
微かに甘い林檎の味がする。

唇を静かに離していくと、照美は口角が上がり目を開いていく。上体をよいしょと起きて、背伸びをした。

「君思った以上に下手だね」

吹雪の顔が一気に真っ赤になったと同時に小人たちは歓声をあげ、照美の近くへと駆け寄った。一人は泣きながら文句ばかりをいい、一人は照美の手をつかみ暖かいと一粒の涙を流し、のっぽの一人は「奇跡です」と喜んだ。いずれも照美は見たことのない笑顔で小人たちと接した。吹雪はとりあえず照美が生き返ってよかったと胸を撫で下ろした。

「王子もなかなか大胆だったんですね」
いつの間にやら背後に従者がおり、にやける頬を必死に我慢している。

「僕が大胆じゃなさそうにみえていたのかい?」
従者の声でいつもの調子に戻っていく。

「あ、吹雪…王子だね」
ひと騒ぎが収まり、照美が吹雪に近寄っていく。

「救ってくれてありがとう。愛するもののキスではないとあの毒は解けないの」
照美が短くなった髪を横になびかせた。びくりと身体が反応する。可愛らしい高い声とは反対に、髪を切ったせいかすっきりとした顔立ちが目立ち、女の子らしい要素より男の子らしさが目立っている。
照美が吹雪の耳元に顔下げた。目覚める前に聞いた低い声が耳をくすぐる。

「なんてね。それは建前。こうしないと君は僕を迎えに来てくれないだろう?」

照美の顔をみると全て分かっていたような顔で笑っている。完全にあっちのペースである。吹雪はちょっと悔しかったが、当たっているので何も言えなない。だから照美の言う“建前”にのってみようか。


「姫、僕の元へ来ないかな」

「はい喜んで。王子様」
と吹雪の手を照美が取ると周りは驚きと祝福と混ざり合った声を上げている。
二人はそれがなんだかおかしくてくすくす笑いだした。





吹雪の後ろに照美が乗り再び村へ歩み始める。
自分より小さい背中が頼りないくせにじんわり暖かくて身を預けたくなる。
ようやく自分の居場所が見つけられたような昼下がりだった。









20120322〜20120604




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