たった一人しか呼んでいない名前【吹雪兄弟】









「〇〇!」
どこかでアツヤの声がする。振り返るとアツヤがサッカーボールを持ってこっちに手招きしていた。
「こっちにきて一緒にやろうぜ!」
僕は嬉しくてアツヤの元へ駆け寄り、サッカーボールを蹴り出す。周りには見慣れたチームメンバーがいてパスを出しながらゴールへと走っていく。
「吹雪!頼んだ!」
ゴール前、僕にボールがきた。これはチャンスだ。僕はアツヤにパスを出そうとしたが、近くにいない。
「あれ、アツヤ?」
前にも左右にも姿は見えない。一緒にやろうと声をかけたはずなのに、おかしいなと思っていると後ろから叫び声がした。
「なにしてんだ!早くゴールしろ!」
「あ、うん!」
蹴ろうとした瞬間に、足が伸びてきて相手にボールを取られそうになる。僕はボールを死守しようとそれをうまく避けて強くボールを蹴った。
結果ボールは見事にゴールポストにおさまった。
「どうしたんだよ、吹雪」
先程叫んでいたチームメイトが心配して駆け寄ってきた。
「え、ああ。あのアツヤいたよね?僕の弟の……」
僕が目を離していた間にどこかへ行ったのだろうか。いやでも試合中にどこかにいくなんてそんなことうちの弟はしない。
「だれそれ?お前の弟?ーー知らないよ」
変な目でみるようにして冷たく言い放たれた。そのチームメイトはまたボールを追って走り出した。
 
よくみたら、そのチームメイトは知らない人だ。周りを見ても馴染みの知り合いだと思っていたが知らない。どういうことだと混乱しているとまた叫ばれる。
「吹雪!走れ!」
走れと言われてもなんの為に。アツヤはどこにいった。何故僕は一人なんだ。
足なんてもうしばらく動いていないのに。
トンと背中を押された。
振り返ると、アツヤがいた。
「アツヤ……?」
「なあ、父さんがいっていたオレたちは二人で最強だろ?」
「う、うん」
動かない足がさらに重くなった。二人で最強なのに、一人じゃ最強になれない。
「でも必要としてくれる人がいる。最強じゃないオレたちでも名前を呼んでくれる人がいる。ならさ、走ってほしいから」
アツヤは笑う。その顔はやっぱり自分の笑顔と似ていて、ちょっと幼気で可愛げのある表情で、きっと成長しても変わらないのだろう。
「走れよ!呼んでるぞ!お前のこと!」
「うん!ありがとう!」
重たい足が一歩、さらに一歩と動いた。僕は前へと走り出していった。

「アツヤのことを呼ぶ奴なんてもうお前しかいなんだからさ」
その少年は雪のように溶けて消えてなくなっていったのだった。



20211123





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