煙草の匂いが分からない【創作】



※お題【引越し業者にはいつ来てもらう?】




「なあここに住んじゃえよ」
吸っていた煙草の火を消して私に顔を近付けた。顔を歪めそうになるのを堪えながら私は首を横に振った。歪めたらきっと駄目になる。
「それはないよ。だってあなたは都合よく私を使いたいだけ。ここに住んだら二度と抜け出せないもの」
私の顔をじっくりと眺めてから、あっそとまた窓の方へと戻って煙草の火をつけた。
諦めてくれたのかなと思いながら、そろそろお暇しようと立ち上がると今度は大きな声で私を呼び止めた。
「なあ。じゃあなんでお前はここにくるの?何が目的?」
部屋のドアノブに手をかけながら固まった。分かっているくせにどうして訊くのだろう。さっきもあんなに顔を近付けて、丸わかりな表情を眺めて心底嫌な顔をしたくせに。
たまらなく嫌になる。自分自身に。
「あなたが好きだからよ。これで満足?」
バタンと後ろから腕が伸びて、ドアを開けるのを阻止した。
「……満足だよ。いくら通ってもおれがお前を好きになることはない。異性さえも嫌いなのにましてや同性なんて……」
耳元で呟いた言葉は何一つ甘くなくてただ私に釘を刺した。なんで好きになってしまったのだろうか。こんな奴のことを。
誰も好きになれないし触れられることすら嫌がる貴方をいくら誘っても私がこの部屋に住ませても何の得もない。
言い返せず泣きそうになってズルズルと床にへたり込んでしまった。泣いたら駄目だ。好きになってもらう前に嫌われてしまうかもしれない。
「ーーーー…………早くここに住みなよ。引っ越し業者を手配でもしてさ、もうあんた既に抜け出せなくなってるし」
ドアノブに手をかけて部屋の扉が開いた。
「おれだってそろそろ抜け出せなくなりそうだよ。お前がここに来てくれるから」
私は力を必死に入れて立ち上がって開いたドアの先へとゆっくり歩き始めた。
「それじゃあ駄目なんだよ。貴方だってそれを望んでいない」
ああ、いつまでも縋ってしまうから部屋を抜け出せなかったのはお互い様だ。私は暗い廊下を歩いていく。
玄関から煙草ではなく線香の匂いがする。嫌な匂いだ。早く無くなって欲しい。
私は玄関のドアを開けた。




20211024




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