待ってよの声【大人照吹】



※付き合って別れてる
お題「ねえ、待ってよ」



 
どうしたのと振り向いてくれる君がいた。泣きそうな顔をしていれば抱きしめてくれて、額にそっとキスもしてくれる。温かい愛が凍りそうな僕を溶かしてくれたんだ。

「ねえ、待ってよ」

もうそう言っても振り向いてくれないのだ。空へと彼は帰ってしまった。雪も溶けてじわじわと身体に貼り付く汗が、夏の始まりを教えてくれる。長袖はもうしまわないといけない。彼の思い出もそっと胸の奥にしまって、寒さに耐えられなくなったら開けてみよう。
 
「ねえ、待って」

彼はもうここにはいない。自分のやるべきことをするために空を飛んでいってしまった。僕は僕でここでやるべきことがある。自分を慕ってくれる人や後輩が一緒に行こうとした僕の手を引っ張った。一緒にはいられない。それは分かっていたはずなのに焦がれて、身体を重ねて、好きを忘れさせない呪文のように繰り返して唱えた。忘れないで、照美くん。君は僕を好きで、僕だって君を好きなことを。
大きな音を立てて飛ぶものは青い空に白い線を描き、さようならと手を振りそうだ。
 
「ねえ、吹雪くん一緒には行けないよね」
「うん、僕はここに居なくちゃいけない」
「そっか、じゃあまたね」
「うん」
 
待ってと声をかけたのは君の方だ。僕はもう振り返れない。君の元へと走っていってしまうから。君の羽を折ってまでここに残ってもらおうだなんて、思わない。そして君もまた、僕の足を折ってまで連れて行こうなんて思わないのだろう?
「本当に格好いいよね、君は」
どこまでも相手のことを思うから。仕方ないよね。
奥歯で噛み締めた鉄の味を君は知ることがない。




20210615




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