前を行く人【奏慎】ド!




『もう戦わなくていいんだ』
慎は拳銃を取ろうとする奏の肩を掴んだ。振り返った瞬間、奏の表情に一気に飲み込まれた。次の台詞をかけようとするが、口から出てこない。
『ーーーーッ』
『うん、そうだよね。止めてくれてありがとう』
静かに微笑んで言うその台詞は稽古の時とは全く違った印象で、ああこれじゃあ駄目だと慎はその日の幕が下りるまでぐるぐると考えた。

帰る際に奏に少し話さないかと声をかけて、帰りながら話すことになった。
「なあ奏。お前はなんであそこのシーンの演技を変えたんだ?稽古や昨日の舞台では、《気付かされて悲しみが包む表情》だったのに今日は《気付かないふりしていたのにと怒る表情》をしていたよな。なんでだ?」
コツコツとコンクリートの上を歩く音が響く。この時間のここの通りは人通りが少ないため余計に聞こえる。
「あーー……慎くんはそう思ったんだね。だから次の台詞を言わなかったんだ?」
奏はそう軽く言っているが、本心は違うだろう。気付いていただろう、オレが台詞が飛んでしまったことを。
「ちょっとね、考えちゃったんだ。あの時のオレの演じる少年は、なんとなくでも分かっていたかもって。その気持ちを考えてたらあんな風になった」
「つまり、気持ちが役に入りすぎたってことか?」
「うん……そういうこと!慎くんの演技を間近でずっとみてきたら影響受けちゃった」
奏は笑っているのに、全然オレは笑えない。影響受けたどころではない。オレはオレの演技が一瞬でも出来なくなった。芝居に関しては子役からやってきたことだから、奏相手でそんなことが起こるとは考えたことなかった。
慎は立ち止まって地面を見つめた。自分が甘かった。そんな風に驕っていたなんて恥ずかしく思う。
  
「慎くん?ーー立ち止まってどうしたの?」
振り返ってみている奏の後ろには見えるはずのない沢山星空が見えた。

「……慎くん、好きだよ。早く告白の返事をきかせてね」
星空に見えたのは後ろに立てられた看板の写真が照らされているものだった。
奏は慎がなにか言う前にまた歩き出す。半年前に告白された返事の答えを未だ慎は出せていない。そう考えると歩き出せなかった。




20210607





prev next








×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -