施錠【基山と緑川】




足音がして後ろを振り返ると緑川が不思議そうな顔をして立っていた。
「ねえここで何やってるの?」
「んー内緒。あ、そろそろ父さんくるし早くみんなのところに行こうよ」
「う、うん……」
内緒というと余計気になるようでオレが立っていたところにちらちらと目線が行く。仕方ないなと緑川の手を取った。
「いつか、教えてあげるよ。この場所のこと」
「ほんと?」
「うん」
ならわかった!と今度はオレの手を引っ張ってその部屋を後にした。
 
 

 
 
お日さま園にいる子どもたちも増えてきて、瞳子姉さんはある決断をした。それは使われていなかった2階の部分も子どもたちの部屋にすることだ。2階は当初姉さんたち吉良の者が使っていたスペースだったが、今では姉さんしか使わないし、オレも使うことはない。年に何回かはそのスペースも掃除するために子どもたちが駆り出されるが、ある部屋だけはしなくていいと言われていた。その部屋の鍵を姉さんから渡されオレは持っている。
「緑川、覚えているか?」
「え?なにを?」
ヒロトが鍵を取り出してそっと鍵穴へと差し込んだ。スッと鍵は入回すとカチャと小さな音がした。
「小さい頃にここでオレが何やっていたかって気にしていただろ」
「あーーそんなこともあったね?」
今は特に気にしていない様子で、良かったのやら微妙に残念やらの気持ちになる。ヒロトがドアノブを回して入り、埃がすごいだろうからとドアを開けっ放しにする。
緑川はそれに続いて部屋に入った。
「改めてみると本当になにもないんだねここ」
「まあね、机と椅子と布団の敷かれていないベッドがあるだけだ。でもこれを見つけたときに嬉しかったんだ」
机の引き出しを開けて、緑川に見せるとなるほどねと笑顔になってくれた。
「『銀河鉄道の夜』だね。ヒロトもその話好きだもんね」
「そう。だけど、初めてここで見つけたときに嬉しかったと同時になんか怖くなっちゃって。瞳子姉さんの亡くなったお兄さんのこと何も知らないのに、似ていると父さんに言われてサッカー始めると喜ばれて……。オレはお兄さんの代わりに……息子のように振舞ったほうがいいと思っていたからさ」
引き出しにあった本はすごく古くて紙の色も茶色に変わっていた。オレが持っている同じ本はまだここまでの色はしていない。
「ヒロトがヒロトで良かったよ。オレは」
緑川はニコニコとヒロトの前で微笑んだ。ああそう、そうやって安心したかったから君をここに連れてきたんだ。
「ありがとう、緑川。さあここも掃除をしなくちゃね!埃がものすごいから頑張ろう」
「うん!よーし!部屋の外にある掃除用具持ってくるね!」
と緑川は一旦部屋を出た。
ヒロトは改めて本をみると、黒いペンでぐちゃぐちゃと書いてあった文字を消した跡があった。そしてその真上には『きやまひろと』と書かれていた。ヒロトはその文字をゆっくりとなぞり、下がってきた眼鏡を上げて呟いた。
「ごめんね、名前は結局吉良になっちゃった」






20210602




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