向いてほしいのは君/ふゆとさよならして【大人照吹】



※付き合って別れてまたくっついたらしい。


 
会えない日々が続けば毎月9日の電話ももしかしたら別の誰かか録音なんじゃないかと疑いたくなる。アツヤが14歳のあの日までいてくれたように、僕がまたダメになってしまわないように思い込ませて何も聞こえないのに返事をしているのかもと。
一度別れたことがある。その後、もう一度付き合うことになった。
その時の照美くんの考えをきいて、僕が一人でも生きていけるようにと10年経っても同じことを考えているんだなあと思った。

頼ってほしいと手を差し伸べながら、終着地は一人で行きなさいと途中で手を離す。照美くんはそういう人なのだ。
僕がそれでもいいといった。一緒にいられるときはいてほしい。関係にはっきりとした名前がなくてもいい。ただ、僕も君も両想いだと唇や身体を重ねて言葉でしっかりと縛ってほしい。
「じゃあね、おやすみ吹雪くん。今日も話せて嬉しかったよ」
優しい声音はまじないのようだ。
「……ねえ照美くん。君はさ、僕が呼んだら振り向いてくれるよね」
「え、そりゃあ振り向くだろうね。……クイズかい?」
面白いこと言い始めたなみたいな口ぶりだ。真面目な話なんだけどな。
「違うよ。でもさ君は、君が僕を呼んだら振り向くとは思ってないし振り向かなくていいと思っている」
「ーーどういうことだい」
先程と同じような静かな声音だが、僕はスマートフォンが落ちそうになり強く握った。
「君は僕が必要かなって話。絶対に必要ではなくて、いたらいいなのような存在かなと。もう随分会えていない。電話ばかりだ。そりゃあお互いに忙しいし、住んでいる場所も離れている。けれど会えないわけではきっとなかったはずだよ」
「吹雪くんは寂しいのかい」
乾いた笑いが聞こえてくる。きっと幼いと思われているかもしれない。だけど今はそれでいい。
「そうだよ。でも照美くんも同じように寂しいと思っていてほしい。寂しいと思うなら寂しいと僕を呼んでよ。振り向くよ、照美くんの元へ走るよ」
しばらく返事は返ってこないまま、そのまま電話は切れた。
それから僕は大きく息を吐き出した。電話が切れて悲しくなるなと言い聞かせて落ち着かせるように長く深く。

「僕を呼んでよ、照美くん」
まだ暖房が欠かせない春の始まりだった。






20210327




 
僕に羽が本当に生えていたとしてもきっと君の元へは飛んでいけないのだろう。君は雪が多く降る場所を大切にして生きていて、僕は離れて暮らしている方がいいと思った。
両想いだから一緒にいなきゃいけない訳じゃない。今は会えなくてもコミュニケーションの手段はいくらでもあって、手を尽くせば会えない距離も埋められると思っていた。
「そう思っていたのにな」
電話を切ってから窓の外から見える一本の満開の桜が月に照らされていた。僕のようにその桜を美しいと多くの人は称賛するのだろう。いつの日か、付き合い始めだったかに吹雪くんと桜並木の下を歩いたことがある。彼は桜に負けないくらいピンクに染めた頬をして隣にいた。彼も女の子にモテる方なので桜デートを何度も経験したはずだ。でも僕の隣にいてもそうやって嬉しい反応をしてくれるのだと愛しさが増した。
ーー寂しいといってもいい。君が今、傍にいないで一人で桜をみても何も心が弾まない。
僕の桜はまだ冬なのだ。だって画面越しに君をみても、手にとれないもどかしさがどうにもならない。
「寂しいよ、吹雪くん」
照美はぬるい風が入ってきた窓と共にカーテンを締めた。
僕が言ってもいいのかい。君を帰らせたくないと縛ってしまうかもしれないのに。冬の居心地良さを僕は知っている。しかしそれ以上に春の君のことが恋しいのだ。
無言で電話を切ったからまたかかってくるかなと思ったがその日かけ直してこなかった。次の日も、その次の日も。

一週間が過ぎて窓の外の桜が散り、茶色い花びらが木の下には多く落ちていた。誰も春が過ぎていくその桜の木を綺麗とは言わないだろう。
照美は吹雪に電話をかけた。電話は3コール後に繋がった。
「ふぶきくーー」
「おかけになった電話はーー」
仕方ない。今日は9日ではないのだ。自分に言い聞かせて落胆した気持ちのまま電話を切らないでいると留守電メッセージへと繋がった。
ピーと聞こえたあとに数秒待って照美は口を開いた。
「寂しいな、吹雪くん。君も同じように寂しいなら会おうよ」

 



20210328




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