“お慕い”とは言わない【蘭拓】



霧野に学祭の劇の練習に付き合ってほしいと言われて、神童は渡された台本に目を通していた。
「オレが王子役だなんて、務まると思うか?……神童だったらともかく」
霧野がため息をこぼしながら机に肘をついた。
「霧野なら出来るよ。で、どこのシーンを見てほしいんだ?」
「全部……と言いたいところだが時間は限られてるしな。一番の見せ場と脚本書いた子に言われたシーンを頼む」
ここのページから、と霧野は神童の持っていた台本をめくって指差した。そのシーンの欄外には頑張ると大きく書かれていた。霧野の字ではないから、先程言っていた脚本の子のものだろう。さらっとみると、ようやく出会えた街娘に王子様が愛を伝えるシーンだ。
「分かった、オレはどうしたらいい?」
「なにもしなくていいよ、そこに立っていてくれ」
言われた通りに神童が立っていると、深呼吸して始めるぞと霧野が動き出した。

「ようやく出会えました。あの時私を助けてくれた方ですね。ずっと……ずっとお逢いしたくて」
霧野は胸に手を当て微笑んだ。そして神童の手をとり、片方の足の膝を地面につけた。
「……愛しております。私は貴女を幸せに必ず致しましょう」
瞳を見つめらて真剣な表情で言われて、こちらも何か言わなくてはと口を開いたが言葉が出ない。
すると、霧野はゆっくりと手を離して表情を緩めた。

「ーーオレ……」
「神童、どうだったか?」
同じタイミングで喋ってしまい、言葉が重なった。神童は慌てて訊かれたことを返答した。
「え、あ、えっといいんじゃないか?よく分からないが霧野らしい感じで」
「……そっか、良かった!神童がいうなら明後日の本番も大丈夫だな」
霧野が時計をふとみるともう下校の時間だ。
「あーそろそろ帰らなきゃ。鞄持ってきてないから自分の教室に戻るよ」
そういってパタパタと教室を出ていた。
高鳴っている心臓が少しずつ収まっていく。
オレはさっきなんて返そうとした?オレはなんと霧野に伝えなくてはと思った?
「……本番見たくなくなったな」
ぼそりと呟く神童が正しい台詞を知るのは数年後の話だった。




20210309





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