春の兆し【基緑】



 
「緑川ーー……っと」
声をかけようとして、ヒロトは自分の口を塞いだ。
緑川は縁側で洗濯物を畳み掛けながら柱に寄りかかっていた。ヒロトがそっと近くにいくとスースーと気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。
今日は快晴で気温も高く、まさに小春日和だ。縁側はそんな心地よい日差しが届くため、洗濯物を畳みながらついつい居眠りしてしまう気持ちも分からなくもない。
ヒロトは隣に座って畳み終わっていない洗濯物をゆっくりと畳み始めた。
 
ーーそういえば、昔も同じような場面に遭遇したことがある。まだ、緑川がおひさま園にきて数日しか経っていない頃のことだ。誰とも馴染めずにことわざ辞典を両手に抱えていつも日陰にいた。何人かは声をかけてみるものの、打ち解ける感じにならなかった。そんなある日に小さい子達のお昼寝の時間になり、瞳子姉さんの手伝いをしていると静かにこっちにおいでと手招きされた。指を差した方をみると、カーテンの下の方でに丸まっている人影らしきものがあった。
「えっ、だ、だれ?」
恐る恐るヒロトがカーテンの端を持ってゆっくりと開けてみると、窓にもたれ掛かって寝ている緑川がいた。
「姉さーー」
呼ぼうとすると瞳子姉さんはすぐ後ろでシーッと口に人差し指を添えてから、ゆっくりと緑川の腕と足へ手を伸ばしていく。
緑川の小さな身体は瞳子姉さんに持たれても起きそうな気配がなく、起こさぬようにお昼寝をしていた小さい子たちの空いている布団へと運んだ。
タオルケットを被せて、二人は静かにその部屋の扉を閉めた。
「まだ来たばかりでこの部屋がお昼寝で使うと知らなかったのでしょうね。自分より小さい子たちと混じってお昼寝していたと他の子に知られたら、恥ずかしがるかもしれないからこの事は内緒にしてあげてね」
ヒロトはうんと頷いたのだった。

 
「あの頃と全然寝顔か変わらないなあ」
じっと見つめながらボソリと呟いた。安心したような表情に、思わず触れてみたくなる。ここは安心できる、君の場所だと思ってくれているならいいなとあの頃は思っていた。
今はオレの隣がそうであったら尚更良いなと隣の可愛い横顔に願ってしまう。
最後の洗濯物を畳もうと緑川が掴んでいたTシャツが取れないものかと引っ張った。しかし、うまく洗濯物を離してくれず緑川の身体がヒロトの方へと倒れていく。ヒロトはまずいと、咄嗟に身体を支えた。すると、緑川の目がゆっくり開いていく。
「ン……あ、あれ?!ヒロト!?えっオレ寝てた?」
緑川は慌ててヒロトから離れて周りをキョロキョロした。畳まれた洗濯物の数々をみて気付いたようで、ヒロトにごめん!と謝った。
「つい、目を閉じるだけと思ったら……。でもやってもらって助かったよ」
どういたしましてとヒロトはお礼をして立ち上がる。
「今日は気持ちの良い天気だからね、仕方ないよ」
と笑ってじゃあと早足でヒロトは去っていた。
「どうしたんだろ?変なヒロト」
緑川は怪しみながらも、まあいいかと畳んでくれた洗濯物を持って立ち上がった。
 
自室の部屋の扉をバタンと閉めた。ここにくるまで誰にも会わなくてラッキーだ。緑川は赤く染まっていたヒロトの頬には気付かなかったようだ。
ヒロトは倒れそうな時に支えた手を見つめた。
触れた体温が伝ってきたみたいにドキドキと手が熱かった。あの頃とは違った想いを抱えて緑川のことを見ているなあとしみじみと感じてしまった。





20210305




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