悪くない【吹照吹】



これまで数々の驚く出来事があったので、おおよそは夢ではなく現実だとほっぺをつねらなくても分かっている。
分かっているが、ついつい……。
「いたっ……」
「あっ、ごめん!?」
「初対面なのにそれは失礼ではないか」
彼は僕のベッドの上に背筋を伸ばして、正座して見上げてあげている僕を見下した。カーテンの隙間から覗く太陽の光に照らされたその美しい姿と相まって、天界から舞い降りたんだなあと寝惚けつつ感心してしまう。
「……ところで、ここは?」
本当にアフロディ君は綺麗だ。どうして、急に縮んでまるで出会った頃ーー中学2年生だった頃の姿になってしまったのかは不明だし、何故世宇子中のユニフォームを着て僕の隣で寝ていたかも分からないけれど、あの頃はこうしてまじまじと見られなかったからなんだか凄く嬉し……と感傷に浸っているとほっぺをつねられた。痛くない程度の力で。
「……きいているのか?」
「はひ、てほはなひて!……っごめん!アフロディ君!」
謝ってみたもののもう遅かった。かなりのご立腹で、ニコニコしているが、口角がピクピクしている。優しき小さな神様もあまりの無礼に苛立ちを隠せないようだ。いや、誰だってこれは怒るか。
本当に申し訳ないと手をパンと音を立てて合わせて謝った。アフロディもフーッとため息をついて、じゃあ説明してよと言った。

「えーっと、どう言えばいいのかな。僕にはどうしてこんな状況になったのかさっぱりなんだけど、僕に分かることを説明するね。僕は吹雪士郎って言うんだけど知らない?」
「知らない。君のようないきなり頬をつねる妙な大人は」
「妙な大人って……。まあ、僕が悪かったからいいけれど、ここは僕の借りてるホテルの一室で、朝目覚めると君が何故か隣で寝ていた」
「何故」
「いや、何故って僕も知らないよ……。昨日アフロディ君と夜遅くまで飲んで、その後ホテルに戻って寝たらこれだよ。夢かと思って思わず頬をつねってしまったんだ」
アフロディはふむと腕を組んで話を聞いている。普通だったら、そんな冷静にならないと思うけれど、彼ももしかしてこういうことに慣れているのかもしれない。
「ひとつ訊くが、何故君は僕のことを知っている?そして昨日私と飲んで……と言ったが、私は君と飲んだ覚えもないし、飲むというのは酒だろう?」
「えーーっと、多分それは君が僕と出会う前だからで……」
「いや、今初めて会ったろう」
「うーん、どう説明したらいいんだろう……。要は君が過去から未来にやってきた!っていう感じなんだろうけれど、天馬くんたちにきけば分かるのかなあ」
吹雪は困り果てて唸っていると、ピコンと軽い音が聞こえた。テーブルに置かれていたスマートフォンをみるとーーアフロディ君からの電話だ。
「!?えっどういうこと!?」
慌てながらスマートフォンをタップして、電話に出るや否やアフロディ君の少し浮かれている声が聞こえた。
『あっ吹雪君?そっちに僕いる?』
『えーーー!?なんで知ってるの!?』
大きな声を出してベッドにいるアフロディ君とスマートフォンわを交互にみていると、不可解そうな顔でアフロディ君が睨んでいる。
「どうしたんだい。誰からの電話だい?この忙しい時に」
「えーと、大人の君からの電話?」
と吹雪が答えるとアフロディは顔をしかめてしまう。
僕の方が顔をしかめたいよ。何がどうなっているのだ。
『もしもし、吹雪君』
ベッドにいるはずなのに、電話からもアフロディ君の声がして、だんだん頭が痛くなってきた。
『とりあえず、君のホテル近くの公園で合流しないか』
『そ、そうだね……君は事情を知ってそうだし』
『事情を知っているというか、状況を整理したい。なんだか愉快なことになってることだけは分かる』
クスクスと笑い声が漏れ聞こえる。笑っている場合じゃないと思うんだけどなーと思いながらも、じゃあとでと電話を切られた。
いつも思うが、彼はこういう時どうしてのんきでーー冷静でいられるのだろう。やっぱり今でも神様だったりするのかな。

「電話終わったかい?」
横をむくと、ベッドにいたはずのアフロディがしゃがんで隣で咳払いをしながらこちらを見てくる。その距離は、キスしかねない至近距離。
思わず顔をそむけて、ご、ごめんねと立ち上がった。中学生であっても至近距離の彼の顔は、ドキリとしてしまう。誰だってそうだろう。
「えーと、この状況を教えてくれる人から電話がきて、とりあえず外の公園で話すことになったんだけど……アフロディ君はどうする?」
連れてこいとは言っていなかったが、こういう時って漫画だと会わせない方がいいはずだ。だが、電話の彼は連れてくるなとも言っていない。事情が分かっていそうな彼が、そういう重要なことを言わないはずがないだろう。
しゃがんでいた彼はまた腕を組んで考える。
「いや、行こう。誘拐犯をこのまま逃がす訳にはーー」
「あはは、誘拐犯ではないんだけどな……まあ信じてくれないだろうし」
多分今の彼に何を言おうが、信じてくれないだろう。自分しか信じていない、そんな気がする。
「はやく行こうか」
と吹雪がしゃがんでいるアフロディに手を差し伸べると、アフロディはその手を取った。
信じてくれないが、こういうところは素直だなあと吹雪は笑みが零れた。





続くか分からない。
20200616




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