お墓参り【蘭マサ】



 気持ちよい風が髪を揺らす。早朝の涼しい時間にしようと思って、始発に乗って墓参りにきたが正解だったようだ。久々にきた土地はあまり変わっておらずホッとする。道は頭でしか覚えていないから、大きく変わっていたら迷って誰かに訊くしかなくなる。狩屋は電車に乗る前に買ってきたチョコを一つ口に頬張って歩き出した。人がほとんど歩いていない大通りをまっすぐ突き進んで、T字路を右に曲がる。饅頭屋さんが出てきたらそこを左に曲がり、目的地はみえてきた。
「えーと確かここの道を曲がって……っと、あっすいませ……!?」
人に当たりそうになって、狩屋は右に避けた。手に持っていたチョコが一つ、二つ地面に落ちていった。狩屋は落ちたチョコより目の前にいる人物に驚いた。
「狩屋、なんでお前ここに……?」
「センパイこそ、どうしてこんなところにいるんですか!?」
「オレはすぐそこの墓参りにきたんだ」
 霧野が指差したのはまさに今向かっていた墓地だった。
「オレも祖母の墓参りです。こんなところで会うとは思いませんでしたよ。じゃあ急いでいるのでそれでは」
 狩屋はハアとため息をついて、再び歩き出した。こんな時にこの人に会うなんて思わなかった。いろいろ聞かれる前にさっさとこの場を去りたい。狩屋は早歩きで先を急いだが、行先は同じだしすぐに霧野は追いついてきて、狩屋の腕を掴んだ。
「……っそれではじゃないだろ!どうせ行く場所は同じなんだし一緒にいけばいいだろ」
 この人は相変わらず空気が読めない。一緒に行きたくないと思っていることを察してはくれない。狩屋は掴まれた腕を振り払って、霧野を睨んだが、そんなことはいつも通りでひるむことはない。霧野は、今度は狩屋の手首を掴んだ。
「―――あーもー分かりましたよ。寂しがり屋のセンパイのために一緒にいってあげますよ。でも詳しくは聞かないでくださいね」
「ああ」
 霧野は頷くと手首を掴んだまま歩き始めた。狩屋は引っ張られて転びかける。
「ちょ、逃げないから離してくれませんか?歩きづらいです」
「オレは寂しがり屋らしいからなー。こっちに寄ればいいだろ」
「根に持っていやがる……」
「なんかいったか」
「いや何も言ってないです」
 狩屋は仕方なく手首を掴まれたまま歩くことになった。

 急こう配がキツイ坂を上ると、カラスの鳴き声が出迎えた。百個くらい墓があるあまり大きくもない墓地には何人かが墓参りに訪れているが、いずれも大人ばかりだ。子供だけできているのはオレたちだけだった。そこでようやく掴まれた手首が離された。
「センパイは誰の墓参りなんですか」
 墓を掃除するための水を手桶に汲みながら何気なく狩屋は聞いた。
「オレの父さんの墓参りだ」
 カランと手に持っていた柄杓が落ちた。霧野はああそっかと手をポンと叩いた。
「お前にはまだ話してなかったな。オレの父さんは幼い頃に亡くなったんだよ。記憶はあまりないからそこまで親しみもないんだけどな」
霧野は落ちた柄杓を拾って狩屋に渡す。狩屋は小さい声ですみませんと言って受け取った。なんていえばいいか分からない。そういえば霧野から家族の話をきいたこともなかったし、その話題から狩屋自身も逃げていた。霧野がポンと頭を叩いて水の入った手桶を持つ。
「じゃあお前の祖母のところからいくか」
「センパイもいくんですか」
「悪いか?」
「いや別にいいですけど……」
「二人でやった方が掃除早いだろ」
 祖母のお墓は大きいお墓があるところを右に抜けて、3つ目の三つを左に曲がった5つ目のところだ。
持ってきた雑巾を霧野に渡し、墓石を拭いてもらう。狩屋は周りに生えている雑草を抜いていく。祖母が生きていた頃に先に亡くなっていた祖父の墓参りで何度もここにきていたので、やることは分かっている。草を抜きながら、祖母のことを浮かんでくる。ほぼ育児放棄した両親に代わってオレの面倒を見てくれた。いつも優しくてお菓子をくれて祖母がいるだけでなんとか生きてくることができたのだ。
 掃除が終わって、お供え物に昔くれたお菓子を置き、茶飲みに水を入れる。
「オレの家もそのお菓子だったな。いろんな形のクッキーでコーヒーかバニラかどちらかのクリームが挟んであるんだよな。オレはバニラが好きだった」
「オレはコーヒーが好きでしたよ。祖母がよくこのお菓子をくれたんですよ。だからポテチよりこういうお菓子が好きですね」
「あーなんかわかるそれ」
 狩屋は線香にライターで火をつけて霧野に渡す。
「オレも線香あげていいのか」
「なにいってるんですか、ここまできて。これで線香しないならむしろちょっと引きますよ」
 そうかと霧野は線香を受け取って墓石の前でしゃがんで線香皿に線香を置いた。線香の独特の匂いが嗅ぎながら、ああそっかと狩屋はふと久しぶりに人と墓参りしたなと思った。ヒロトさんや瞳子さんとは関係もないから一緒にすることはなかった。いつも一人で墓参りにきて最近のことを手を合わせて報告するだけだ。
なんも縁のない霧野の背中が見つめる。手を合わせて目を瞑っている。なにを考えているのだろう。
「よし、次は狩屋だな」
「あ、はい」
 狩屋は線香をあげていつも通り最近の報告を心の中でする。手を合わせ終わってから、霧野に訊かれた。
「何考えたんだ?」
「いつも通り最近の報告です。センパイこそなに考えたんですか。結構長かったですけど」
「んー自己紹介と狩屋は大丈夫ですよってことを伝えた」
「は?」
意味がわかなかった。
「だから、狩屋は最初こそ疑われていたんですが今では沢山の仲間がいて、楽しくやってます。心配はいらないですって言ったんだよ。好きなサッカーをして、頼れる後輩ですだとな」
へなへなと狩屋はその場でしゃがんだ。
「大丈夫か!?なんか耳赤いぞ!熱中症か?」
「……違いますよ。今日そんな暑くないでしょ……。はーなんでそんなこというんですか」
「本当のことだろ。悪いか?」
両手で隠した顔を上げて、霧野を見上げた。日差しと相まって眩しい。なんでこの人はこうなんだ。何も言ってないのになんでも分かったようなふりしていつも。
 手を差し出される。信じてくれた人が今目の前にいる。
「悪いですよ。センパイ」
 手を掴んでつい口元がほころんだ。



蘭マサワンライです。
20160920




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