料理が美味しい理由【クロノとミクル】VGG



「お邪魔しまーす」
クロノは両手に近くのスーパーで買った食材をぶら下げて後ろを向いて靴を脱ぎ、しゃがんで靴を揃える。きちんと揃えてしまうのは施設でそう教え込まれて身に染みているからだ。ついでに近くにあった靴も揃えてしまう。前のシオンなら揃えてあるのだろうなと思いつつも、泥だらけの長靴を見つける。雨の中、どこかへ行ったのだろうか。
「本当に別にいいのに」
シオンは、はあと息を吐いて部屋の中心にあるちゃぶ台に二人分のお冷を置いた。前に行ったシオンの家とは比べ物にならないくらいにみずほらしい部屋。畳の上に正座してちゃぶ台の前に座るシオンが、今までのお坊ちゃまというイメージに全く合わなかった。
「なにいってんだよ、いつもコレばっか食ってるんだろ」
クロノはちゃぶ台には座らず、台所に向かうと、大量のレトルト食品が積まれていた。全て同じものである。クロノが一つを手に取り、シオンに見せるといやいやと首を振る。
「それを舐めちゃいけない。その『櫂プロ特製ヴァンカレー』はきちんと栄養もばっちり取れるし、一番はなんとお湯で温めるだけで美味しいカレーが出来てしまうんだ!」
シオンは自慢げに話しているが、おそらくはレトルト食品の存在と櫂トシキさんという名前にひかれているだけなのだろう。
「いくら栄養が取れるからってお前なあ……。で、お前最近食べているのか」
シオンは目を逸らした。クロノが今度はため息をする。
「食べてないなら意味ないだろう。全くだから今日の体育の授業で倒れたりするんだぞ」
「倒れてはいないさ。その前に自分で保健室行っただろう」
「途中で倒れていただろうが。ま、トコハに言われて追いかけていったから、トコハには感謝だな」
今日は朝から体調が良くなさそうだった。トコハやクロノが声をかけても大丈夫の一点張りだった。しかし体育の授業で具合悪そうにしていたところをトコハに見られて、大人しく保健室に行ったそうだ。一人で行けるといって、付き添いを断ったそうだが、トコハが気を利かせてクロノに頼み、後を追いかけたところ、廊下でうずくまるシオンを見つけた。
急いでクロノが駆け寄り、シオンに肩を貸して保健室に連れて行ったのだ。
そこで栄養失調気味で貧血だったと分かった。いてもたってもいられず、半ば強引に家に押しかけることを決めたのだ。

クロノはフライパンにパン粉を入れて炒める。ザッザッとフライパンを揺らしつつヘラでパン粉をかき回す。シオンは気になるようでそわそわしつつ後ろでチラチラと様子を見てくる。
「シオン、後ろでうるさい」
「覚えたくてね」
「お前はまず包丁が使えるのか」
「たぶん大丈夫じゃないかな?」
「……」
きつね色になったパン粉にオリーブオイルを入れて火を止める。次にまな板を……と思ったらまな板がない。
「おいシオン、まな板は」
「ああここだよ」
台所の下の収納スペースから取り出したのは、ピカピカの白いまな板だった。これをみて包丁を使えるという謎の自信に不安になった。
次に買ってきたロースハムを5ミリくらいの厚さに切って、青ネギを刻み、チーズも切っておく。ここでシオンが切ると言い出した
「いいか、猫の手で切るんだぞ」
「大丈夫さ、このくらい」
とシオンは言っているが、右手が震えている。本当は初心者じゃないかとハラハラと見守っていると、スッと切れに半分にチーズは切れた。
「よし!どうだいクロノ!僕だってやれば……クロノ?」
クロノは口を右手で抑えてる。耳が少し赤くなっている。シオンが首をかしげると、クロノはぶんぶんと首を振った。
「いや……なんでもない。このくらいで喜んでいたら先が思いやられるな」
「コツさえ分かれば大丈夫さ。それにしてもクロノは料理よくできるな」
シオンに代わってクロノが代わり、台所に立ち、料理を続けていく。
クロノはチーズをハムでサンドして、炒めたパン粉を絡める。そしてフライパンでもう一度炒めた。クロノは仕上げに入っていきながら、昔を思い出して、口を開いた。
「まあな。自立したいのもあるけど、今はミクルさんが喜んでくれるからからだな。オレが作った料理に美味しいねと言われるのが嬉しい」
するっと出た言葉にだんだん恥ずかしくなって、フライパンを動かしたときにパン粉を少しこぼしてしまった。
「そうなんだ」
シオンは茶化すことはせずただそういった。
料理が出来上がって、二人で食べているうちに随分夜が深くなっていた。
「このまま泊まっていけば?明日は休みだし」
「……」
クロノは少し考えて頷いた。ミクルさんは確か今日は帰りが遅くなる。シオンから携帯電話を借りて留守電を入れた。これで大丈夫だろう。そう思いつつも少し引け目を感じた。なぜだか分からない。
ファイトが好きな二人は朝までヴァンガードをやり続けた。お互いに負けず嫌いで、どちらかが負ければもう一回といってくる。そして終わることなく二十戦くらいしたところで二人ともテーブルにもたれて寝てしまっていた。
チチッと雀が鳴く声にクロノはふと気づいて目が覚めた。自分と反対側に座るシオンはスースーと寝息を立てて眠っていた。クロノが肩をゆすったが起きる気配がない。クロノは部屋を見渡し、押し入れから布団を取り出してシオンの眠る近くに敷いた。そこへ起こさないようにシオンの体をゆっくりと倒して体を位置を動かして布団に寝かせた。これでも起きないようじゃ相当疲れがたまっているのだろう。まるでミクルさんみたいだとクロノはクスリと笑った。笑ってから、昨日からもやもやとしていた気持ちの理由が分かった。わかったら、身体はすぐに家へ戻る準備を始めた。
クロノは置手紙をして、シオンの家を出た。電車に乗って、揺れる中、浅い睡眠だったためうとうととうたた寝し始めた。幼い頃の夢をみた。クロノがまだ施設にいた頃に、ミクルさんが訪れ、手料理を作ってくれたこと。あの時は確かオムライスを作ってくれた。それがすごく美味しくて、美味しいとミクルさんに伝えると、ミクルさんは泣いていた。どうして涙が出たか当時の自分じゃ分からなかったけれど今では少しわかる気がする。電車のアナウンスでふと目覚めるとちょうど降りる駅で慌てて降りた。クロノは、そこから走って家へと向かう。自分の料理が美味しい理由なんて、簡単なのだ。
「ハアハア……」
息を切らして、玄関のカギを開けてリビングへ行くと、手紙があった。
『泊まりに行くなら誰の家か、あと連絡先もいいなさい!……冷蔵庫にオムレツがあるから帰ってきてから食べること。 ミクル』
「ミクルさん……」
クロノは手紙を読んで自然としゃがみ込んだ。
それからレンジで温めて食べたオムレツはやっぱりおいしくて、クロノは涙が一つ落ちた。



20160404




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